・・・――町のちゃら金の店を覗くと、出窓の処に、忠臣蔵の雪の夜討の炭部屋の立盤子を飾って、碁盤が二三台。客は居ません。ちゃら金が、碁盤の前で、何だか古い帳面を繰っておりましたっけ。金歯で呼込んで、家内が留守で蕎麦を取る処だ、といって、一つ食わして・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・それは迷路のように曲折しながら、石畳のある坂を下に降りたり、二階の張り出した出窓の影で、暗く隧道になった路をくぐったりした。南国の町のように、所々に茂った花樹が生え、その附近には井戸があった。至るところに日影が深く、町全体が青樹の蔭のように・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・陽子は南向きの出窓に腰かけて室内を眺めているふき子に小さい声で、「プロフェッショナル・バアチャン」と囁いた。ふき子は笑いを湛えつつ、若々しい眼尻で陽子を睨むようにした。その、自分の家でありながら六畳の方へは踏み込まず、口数多い神さん・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ 新らしい私の部屋新らしい六畳の小部屋わたしの部屋正面には清らかな硝子の出窓をこえて初春の陽に揺れる松の梢や、小さな鑓飾りをつけた赤屋根の斜面が見える。左手には、一間の廊下。朝日をうけ、軽らかな・・・ 宮本百合子 「海辺小曲(一九二三年二月――)」
・・・若い時分の思い出として、高等学校時代にこの祥瑞を買ったんだよ、なかなか俺も馬鹿にしたもんじゃなかろう、と笑いながら、柱にかかっている一輪差しを眺めていたことがあり、また、今も古ぼけてよごれながら客間の出窓に飾られている石膏のアポロとヴィナス・・・ 宮本百合子 「写真に添えて」
・・・ 気取って、金縁の椅子等を置いたのではなく、大きなやや古風なファイア・プレースでもあり、埋まってしまうような大椅子、長椅子があり、気持のよい出窓の下の作りつけ腰掛。ヴェランダ。片隅の便利な茶卓子。床の上には色の凝ったカーペット二つ三つ。・・・ 宮本百合子 「書斎を中心にした家」
・・・ そしてどっかの迷い猫が眠って居る花園のわきをしのび足で通って落ついたしっとりした書斎に入った時千世子は居ないで出窓のわきに置いたテーブルの上の開かれた本が淋しそうに白く光って居た。「どこへ行ったんだろう。」「何! じきに来・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・その他の壁には、色の分らないまでに古びた絵等をはり、出窓めいた窓の縁に小さい鳥籠が置いてあって、中には何にも居ない。新らしい野菜を盛った大きな盆が隅の方に明るい色をして居る。品の好くて見栄えのしない法衣をまとった二人の若僧と、枯れた・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
出典:青空文庫