・・・ 衝と身を起こして追おうとすると、奴は駈出した五足ばかりを、一飛びに跳ね返って、ひょいと踞み、立った女房の前垂のあたりへ、円い頤、出額で仰いで、「おい、」という。 出足へ唐突に突屈まれて、女房の身は、前へしないそうになって蹌踉い・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・三郎はまた三郎で、出足の早い友だち仲間と一緒に、新派の美術の方面から、都会のプロレタリアの道を踏もうとしていた。三人が三人、思い思いの方向を執って、同じ時代を歩もうとしていた。末子は、と見ると、これもすでに学校の第三学年を終わりかけて、日ご・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・これは市民の出足がなんとない不安のためにいくぶん止められたためかと想像された。しかしまた、乗り換え切符を出さなくなったために乗客の選ぶコースが平常と変わり、その結果としていつもは混雑するある時刻のある線路が異常に閑散になったというような現象・・・ 寺田寅彦 「破片」
出典:青空文庫