・・・その話を聞いた老人夫婦は内心この腕白ものに愛想をつかしていた時だったから、一刻も早く追い出したさに旗とか太刀とか陣羽織とか、出陣の支度に入用のものは云うなり次第に持たせることにした。のみならず途中の兵糧には、これも桃太郎の註文通り、黍団子さ・・・ 芥川竜之介 「桃太郎」
・・・産は女の出陣だ。いい子を生むか死ぬか、そのどっちかだ。だから死際の装いをしたのだ。――その時も私は心なく笑ってしまった。然し、今はそれも笑ってはいられない。 深夜の沈黙は私を厳粛にする。私の前には机を隔ててお前たちの母上が坐っているよう・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・ウィリアムも人に劣らじと出陣の用意はするが、時には殺伐な物音に耳を塞いで、高き角櫓に上って遙かに夜鴉の城の方を眺める事がある。霧深い国の事だから眼に遮ぎる程の物はなくても、天気の好い日に二十哩先は見えぬ。一面に茶渋を流した様な曠野が逼らぬ波・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
出典:青空文庫