・・・の貼紙は、何とまざまざと、日本の家庭というもののよるべなさ、妻の活動能力の低さ、切ないこころをつつむにあまる姿で示しているだろう。一九四七年の日本インフレーションのこんなすさまじい波風にもまれて、電柱に和服裁縫内職の紙のひらめいている光景は・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・ 私の親しい只一人の友達が止を得ぬ事からその名を呼びずてにされて他人の用を足さなければならない境遇にあるかと思うと、涙もこぼれないまでに切ない。 私はどうあってもM子の心を慰めてやらなければならない。 長い間の親しい友達として私・・・ 宮本百合子 「M子」
・・・ 仕立て上げて手も通さずにある赤い着物を見るにつけ桃色の小夜着を見るにつけて歎く姉の心をせめて万が一なりと知って呉れたら切ない思い出にふける時のまぼろしになり夢になり只一言でも私のこの沈み勝な心を軽く優しくあの手(さな手で撫でても呉れる・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・いサラリーマン、勤労青年たちが、いささかの慰みとしてアパートの部屋でかけて聴いている蓄音器、レコードその他の楽器に新しく税がかかったり、写真機に税がかかったりすることは、直接月給が減ったのと同じような切ない感情を呼びさまされるのである。・・・ 宮本百合子 「カメラの焦点」
・・・自分、段々段々その死んで漂って行った若い男が哀れになり、太陽が海を温めているから、赤い小旗は活溌にひらひらしているから、猶々切ない心持であった。夜こわく悲しく、Yに確り体を捉えて貰ってやっと寝た。〔一九二七年九月〕・・・ 宮本百合子 「狐の姐さん」
・・・ 私は失業中で切ない暮しですが、傍聴にはこれから出来るだけ度々来ようと決心しました。私を失業させたのはこのブルジョア社会です。私はそれとどんなに闘うかというやりかたを少しでも、闘士たちの闘争ぶりから学ぼうと決心したのです。あの人々は命が・・・ 宮本百合子 「共産党公判を傍聴して」
・・・村田という病む人物と妻美津子との切ない関係は「縫い音」と対蹠する。村田の生きようとしてすさまじくなった心理も描かれている。この作品にも他の作品にもリルケの詩を愛読することがかかれている。その文学趣味のありかた本質について、作者は考えて見てよ・・・ 宮本百合子 「『健康会議』創作選評」
・・・ 薄田研二の久作は、久作という人物の切ない気質をよく描き出して演じていた。無口で、激情的で、うつりゆく時世を犇々と肌身にこたえさせつつギリギリのところまで鉄瓶を握りしめている心持が肯ける。久作という人物は、しかしあの舞台では本間教子の友・・・ 宮本百合子 「「建設の明暗」の印象」
・・・間もなく、今野は唸るのをやめ、力いっぱい血走った眼で上眼をつかいハッ、ハッと息を切りながら、「中條さん……切ないよゥ」 自分はたまらなくなった。錠をはずしてある鉄扉を押しあけ、房の内に入った。高熱で留置場の穢れた布団が何とも云えぬ臭・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・では見ていても切ないもの。 島田の方では、達治さんの除隊が一番たのしみでいらっしゃいます。 これは、私達二人の楽しみで、まだ島田へは申さないのですが達治さんがお嫁を貰うとあのお家では狭いの。お風呂場のところをね、改造してお父上のゆっ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫