・・・…… 挙動の唐突なその上に、またちらりと見た、緋鹿子の筒袖の細いへりが、無い方の腕の切口に、べとりと血が染んだ時の状を目前に浮べて、ぎょっとした。 どうやら、片手無い、その切口が、茶袋の口を糸でしめたように想われるのである。「そ・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・自分が子供を叱る時には妻は一切口を出さぬ事にしている。」とか云って、博士はそれを継母の罪でないように云っている。しかし、子供の教育は必ずしも母親自身の学問の程度に関るものではない。それに学問がないから虐めることが出来ないなどというのは、如何・・・ 小川未明 「愛に就ての問題」
・・・灌木や竹藪の根が生なました赤土から切口を覗かせている例の切通し坂だった。 ――彼がそこへ来かかると、赤土から女の太腿が出ていた。何本も何本もだった。「何だろう」「それは××が南洋から持って帰って、庭へ植えている○○の木の根だ」・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・つきましては、お俊儀は今日ただ今より私が世話することになりましたにつきましては早速お宅を立ち退くことにいたします、さようあしからず御承知を願い置きます』と切り口上でベラベラとしゃべり立てました、私は文句が出ないのでございます。 それから・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・なま樹の切り口のような彼女の匂いは、かびも湿気も、腐った空気をも消してしまった。彼は、そんな気がした。唇までまッ白い、不健康な娘が多い鉱山で、彼女は、全然、鉱毒の及ばない山の、みず/\しい青い樹のようだった。いつか、前に、鑿岩機をあてがって・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・人情と義理と利害をXYZの座標とする空間に描きだされた複雑極まりない曲面の集合の一つの切り口が見える。これをじっと眺めていると、面白くもあれば恐ろしくもある。」 何かというとすぐに「XYZの座標」を持ちだすのが彼の一つの癖である。これさ・・・ 寺田寅彦 「年賀状」
・・・人生は、複雑極るその切り口をいきなり若い人々の顔の面にさしつけている。旧来の戦争は文化の面を外見上からも萎縮させたが、今日ではそれが近代性において高度化して、戦争とともに一部に成金が生じる現象は、文化の分野にも見られるようになった。永年の窮・・・ 宮本百合子 「今日の文学と文学賞」
・・・それは柳の木を一尺五寸位に切って、上の方に切口をつけて神様の口にかたどり、炉の焼けくずを結えつけてフッチの心臓としてあります。こんな風に口や心臓を持っている神様は炉の神ばかりで、他の神様をまつるには、只イナオを立てるばかりのようでございます・・・ 宮本百合子 「親しく見聞したアイヌの生活」
・・・青竹はきめのつまった独特の艷を持っていて、威勢がよさそうに見えるのに地べたから四尺ぐらいのところで、スパリと胴ぎりにされている。切り口の円いずん胴が見える。新しい芽がふき出すとしたら、それは、その青竹のわきからであろう、この切り口からは芽は・・・ 宮本百合子 「十月の文芸時評」
・・・何故なら、私たちすべては、何らかの形で今日そのようなものとしての切り口を見せている歴史をうけつがなければならず、しかもそこから健やかな革命的教訓を最大の可能において引き出して来なければならないのであるから。 率直に感想を述べると、私には・・・ 宮本百合子 「冬を越す蕾」
出典:青空文庫