・・・改めて三本勝負を致されるか、それとも拙者が殿への申訳けに切腹しようか。」とまで激語した。家中の噂を聞き流していたのでは、甚太夫も武士が立たなかった。彼はすぐに三左衛門の意を帯して、改めて指南番瀬沼兵衛と三本勝負をしたいと云う願書を出した。・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・岡林杢之助殿なども、昨年切腹こそ致されたが、やはり親類縁者が申し合せて、詰腹を斬らせたのだなどと云う風評がございました。またよしんばそうでないにしても、かような場合に立ち至って見れば、その汚名も受けずには居られますまい。まして、余人は猶更の・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・武士らしく切腹でも申しつけまするならば、格別でございますが。」 修理はこれを聞くと、嘲笑うような眼で、宇左衛門を見た。そうして、二三度強く頭を振った。「いや人でなし奴に、切腹を申しつける廉はない。縛り首にせい。縛り首にじゃ。」 ・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・(崩れるように、砂の上にあぐらを掻ああ、頭が痛い。切腹だ。切腹をして死んでしまうんだ。 ふざけている時ではございません。菊代さんを、あなたは、どうなさるおつもりです。 どうもこうも出来やしねえ。ああ、頭が痛い。負けたんだよ、僕たちは・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・二度、切腹をしかけては家人に見つけられて失敗したほどであった。次郎兵衛はその噂を聞いて腕の鳴るのを覚えた。機会を狙ったのである。 三月目に機会がやって来た。十二月のはじめ、三島に珍らしい大雪が降った。日の暮れかたからちらちらしはじめ間も・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・たとえば、勅使接待の能楽を舞台背景と番組書だけで見せたり、切腹の場を辞世の歌をかいた色紙に落ちる一片の桜の花弁で代表させたりするのは多少月並みではあるがともかくも日本人らしい象徴的な取り扱い方で、あくどい芝居を救うために有効であると思われた・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・そうした場合に、その設計者が引責辞職してしまうかないし切腹して死んでしまえば、それで責めをふさいだというのはどうもうそではないかと思われる。その設計の詳細をいちばんよく知っているはずの設計者自身が主任になって倒壊の原因と経過とを徹底的に調べ・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・私の血縁の一人は夜道で誤って突き当たった人と切り合って相手を殺し自分は切腹した。それが今では法律に触れない限り、自分のめがねで見て気に入らない人間なら、足を踏みつけておいて、さかさまにののしるほうが男らしくていいのである。そういう事を道楽の・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・翌日は東寺に先祖の一海和尚の墓に参って、室戸岬の荒涼で雄大な風景を眺めたり、昔この港の人柱になって切腹した義人の碑を読んだりしたが、残念ながら鯨は滞在中遂に一匹もとれなくて、ただ珍しい恰好をして五色に彩色された鯨漁船を手帳にスケッチしたりし・・・ 寺田寅彦 「初旅」
・・・そういう教育を受ける者は、前のような有様でありますが社会は如何かというと、非常に厳格で少しのあやまちも許さぬというようになり、少しく申訳がなければ坊主となり切腹するという感激主義であった、即ち社会の本能からそういうことになったもので、大体よ・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
出典:青空文庫