・・・ 彼女のむきな調子には何か涙が滲む程切迫つまったところがあった。余程急に出立でもしなければならないのか、又はその転地が夫婦にとって余程の大事件であるか、何方にしろ只ごとではないと思わせた動顛と苦しさとが彼女の全身に漲っていたのである。・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・そして、ジェネヴァで、第一次ヨーロッパ大戦のはじまる前後のきわめて切迫した国際情勢にふれる。 やがて、第一次ヨーロッパ大戦にまきこまれたジャックが、どういう風に国際的な資本主義経済の自己撞着と戦争の矛盾を発見し、彼のヒューマニティーに立・・・ 宮本百合子 「生きつつある自意識」
・・・即ち、チャーリーの本当の気分は恐慌によって弱くなっているのだが、宣伝のためには有利だと、まるで第二インターナショナルの職業的社会主義者のように、切迫した恐慌による階級と階級との対立を人為的にみている。三十年間にうけた抑圧との闘いによってプロ・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・又、婦人が生活の切迫に目ざまされて民主へ進歩の結果とも、買いかぶりかねる。現実にはこの三種三様の心理が極めてごたごたとまざり合って、今日の日本らしく複雑にあらわれて来ているのだと思われる。 二月以来のモラトリアムは、経済生活を建て直す実・・・ 宮本百合子 「一票の教訓」
・・・ 目下の日本で、最も切迫した公の問題は、食糧危機をどう突破するかということですが、代議士たちの大多数は、これに対してどういう態度をとっているでしょうか。つい先頃の総選挙のとき、三合配給などを公約した候補者について、選挙が終ってからす・・・ 宮本百合子 「公のことと私のこと」
・・・どうにかして、真個の人間の生活に入らなければ生命がつづかない、これでは息がつけない、という所まで切迫して来た。若し、人類が、各人一つの心臓と共に、真剣な霊魂を与えられているなら、真実なものをつかもうとし、自分等の経た、少くとも或る部分のあや・・・ 宮本百合子 「男…は疲れている」
・・・こういう母親は、自分の子にトマトをたべさせようと思って、店先に一つしかないのを見れば、もう一人そこにいる母親がどんな切迫した必要から、やはりその一つのトマトを欲しく思っているかもしれないなどとは思いもせず、必要の人が多ければ多いほど、我勝ち・・・ 宮本百合子 「科学の精神を」
・・・透明なものは生と死で、切迫した時間のうちにキリキリといくつか廻り、生がこっち向いてぴたッと停った、そんな感じだ。これは異様な、愕きをともなった感覚であって、まるで風の音もきこえない暖い病室で臥たり、笑ったりしている平穏な自分の内部に折々名状・・・ 宮本百合子 「寒の梅」
・・・座談会はロイヤル長官の談話そのほかいくつかのトピックで進められているが「切迫せる人口問題」のくだりで、鈴木文史朗氏はいっている。一年に百万ずつもふえている日本の人口問題の解決法がゆきづまっている。「理想的なやりかたは、ひと思いに何千万を殺す・・・ 宮本百合子 「鬼畜の言葉」
・・・ここに何ものを犠牲にしても自己を表現しないではいられない切迫した内的必然が伴なって来る。次にはこの深い精神内容をイキナリ象徴によって表現し得る素質がなければならぬ。象徴を捕える異様な敏感、自己を内より押し出そうとする内的緊張、あらゆる物と心・・・ 和辻哲郎 「創作の心理について」
出典:青空文庫