・・・ 市ケ谷の刑事既決女囚は、昔、風呂に入って体を洗うのに、ソーダのとかし水を使わされていた。それが洗濯石鹸になった。同志丹野その他の前衛が入れられてから、そういう人々は、人間の体を洗うに洗濯石鹸という法があるかと、自分達の使う石鹸を風呂場・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・しかし、指紋をとる、ということは、あたりまえの生活にあるべきことではない。刑事訴訟法二一八条二項に――容疑者の身柄を拘束した場合にのみ、強制的に指紋を採ることができる、とある。したがって、指紋と犯罪の容疑とは密着したものである。泡盛によっぱ・・・ 宮本百合子 「指紋」
・・・日本の十数万人の旧治安維持法の被害者はもちろん、涜職、詐欺、窃盗、日本の法律によってとりしらべられたすべての人々で、刑事や検事からこの言葉をきかされなかった者はおそらく一人もないだろう。法学博士で大臣だった三土忠造でさえ、一九二九年か三〇年・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
・・・続いて刑事係が来る。警察署長が来る。気絶しているお花を隣の明間へ抱えて行く。狭い、長い廊下に人が押し合って、がやがやと罵る。非常な混雑であった。 四畳半には鋭利な刃物で、気管を横に切られたお蝶が、まだ息が絶えずに倒れていた。ひゅうひゅう・・・ 森鴎外 「心中」
・・・立場である。刑事のごとき特殊の技能を持ったものでなければ、警衛としてはなんの役にも立たぬ。こういう方法を取るために田舎から出て来て東京をうろつくのが臣民として忠であるか、それとも落ち着いて自分の任務をつくすのが忠であるか、――もちろん後者で・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫