・・・ 一方でまたこの分泌には一年を週期とする季節的変化があって、その最高が晩春、最低が初秋のころにあると仮定する。それからまたその週期的な波の「平均水準」が人々によって色々違うのみならず、同一個人でも健康状態によりまた年齢により色々ちがうも・・・ 寺田寅彦 「五月の唯物観」
・・・ 初秋の日脚は、うそ寒く、遠い国の方へ傾いて、淋しい山里の空気が、心細い夕暮れを促がすなかに、かあんかあんと鉄を打つ音がする。「聞えるだろう」と圭さんが云う。「うん」と碌さんは答えたぎり黙然としている。隣りの部屋で何だか二人しき・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・それらがほんとに思わずも溢れる川のように溢れてかかれた作品であり、ほんとに書かずにいられない題材と主題とによっているというまじりけなさの点で、これら二つの作品のかげには、人生の初秋において妻として甦った一人の女の豊かな秋のみのりへの生と文学・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第七巻)」
・・・ いらえもなく初秋の夜の最中に糸蝋のかげに臥す幼児の姿ほど美くしいものはない。悲しいものはない。 私はその傍に静かに思いにふけりながら座して居る。 驚と悲しみに乱された私の心は漸く今少し落ついて来た。 たった五年で――世・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・一九三〇年初秋のことである。 ロカフ中央評議会の決議は左のようなものであった。一、ロカフは芸術活動によって、赤色陸海軍の平和的・軍事的社会主義建設を活溌に再現するように努力すること。一、赤色陸海軍を主題とした作品の出版を支持する・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・一九三〇年初秋のことだ。 ソヴェトが、帝国主義に包囲されているという国際的地位からみて、当然、もっと早く作家の問題となるべきことだった。世界の人民の解放と民族自立との社会主義達成のために、ソヴェトの生産労働に従う精鋭な前衛と、各国内の前・・・ 宮本百合子 「ソヴェト文壇の現状」
・・・一九二九年の初秋には、このエッフェル塔にシトロエン6というイルミネーション広告が終夜明滅していた。父、母、妹たちはヴルール・ペレールのアパートメントに住み、百合子はヴォジラールの下宿の窓から、シトロエン6、シトロエン6、とせわしい明滅が、シ・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・ 一九二八年の初秋私はドン・バス炭坑区の中心ゴルロフカを見学した。五ヵ年計画によってウラル地方にも大きい炭坑区が出来たが、それまではドン・バス炭坑はソヴェト同盟最大の石炭宝庫であった。ソヴェト同盟では、諸君も知っているとおり、世界の労働・・・ 宮本百合子 「ドン・バス炭坑区の「労働宮」」
・・・「何だって――初秋や、名も文月の? なあんこった! だから俺は源公なんか連れて来るなあ厭だって云ったんだよ、始めっから」 別な声が、わざと分別くさそうに云う。「憤んなさんなよ。まだお前にゃあ、この味は分らないとさ」「ハッハッ・・・ 宮本百合子 「百花園」
出典:青空文庫