・・・ そういう学士も維新の戦争に出た経歴のある人で、十九歳で初陣をした話がよく出る。塾では、正木大尉はもとより、桜井先生も旧幕の旗本の一人だ。 懐古園とした大きな額の掛った城門を入って、二人は青葉に埋れた石垣の間へ出た。その辺は昼休みの・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・老生の初陣を慶祝するが如き風情に有之候。老生はただちに身仕度を開始せり。まず上顎の入歯をはずし、道路の片隅に安置せり。この身仕度は少しく苦笑の仕草に似たれども、老生の上顎は御承知の如く総入歯にて、之を作るに二箇月の時日と三百円の大金を掛申候・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・それに初陣の時拝領した兼光を差し添えた。門口には馬がいなないている。 手槍を取って庭に降り立つとき、数馬は草鞋の緒を男結びにして、余った緒を小刀で切って捨てた。 阿部の屋敷の裏門に向うことになった高見権右衛門はもと和田氏で、近江・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・この初陣に当たって偶然にも彼女はサラ・ベルナアルと落ち合ったのである。舞台監督はこの新しき女優を神のごときサラと相並べることの不利を思って一時彼女を陰に置こうとした。しかしデュウゼはきかない。なあに競争しよう、比較していただこう。私は恐れは・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫