・・・近ごろよく喫茶店などの卓上を飾るあの闊葉のゴムの木とは別物である。しかし今でも時々このいわゆる「ゴムの木」の葉のにおいに似たにおいをかぐことがある。するときっとこの昔の郷里のゴムの木のにおいを思い出すと同時にある幼時の特別な出来事の記憶が忽・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・こういう意味ではいわゆる定常波もこの中に含まれてもいいわけであるが、この動的なそうしてすでによく知られて研究し尽くされた波形はしばらく別物として取り除いて、ここではそれ以外の natural, staticallyを含むイマジナリーな部分か・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・よくよく読んでみるとなるほど重い水素Dからできた水のことと了解されるが、ちょっと読んだくらいでは実に不思議な別物のような感じを起こさせるという書きぶりであった。ゆがんだ鏡に映った自分の顔をはじめは妙な顔だがなんだか見たような顔だと思って熟視・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・ 映画と芝居は元来別物であるから、映画のまねは芝居ではできない。そのかわりまた芝居でなくてはできないこともある。それをすればおもしろいであろうが、この芝居では映画のいいところを大略もぎ取ってしまって、それに代わるいいものを入れるのを忘れ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・レコードは同じのでも器械がいいとまるで別物のように感じられた。今までうちで粗末な器械でやっていたのはレコードに対する虐待であった事に気がついた。うちの器械で鋼鉄の針でやる時にあまりに耳立ちすぎて不愉快であったピッコロのような高音管楽器の音が・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・しかしここで誤解してならない事は、乗客がこれらの長短間隔のいずれに遭遇する機会が多いかという問題となると、これは別物になるのである。この点を明らかにするには、各間隔の回数に、その間隔の時間を乗じた積の和を比較してみなければならない。今試みに・・・ 寺田寅彦 「電車の混雑について」
・・・あらゆる付帯的気象条件がちがい従って人間の感受性に対するその作用は全然別物ではないかと思われるのである。 これに限らず、人間と自然を引っくるめた有機体における自然と人間の交渉はやはり有機的であるから、たとえ科学的気象学的に同一と見られる・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・夢でも俳諧でも墨絵でも表面に置かれたものは暗示のための象徴であって油絵の写生像とは別物なのである。色彩は余分の刺激によって象徴としての暗示の能力を助長するよりはむしろ減殺する場合が多いであろう。 それはとにかく材料の選択と取り合わせだ・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・昔の物理学では五感の立場から全く別物として取扱ったものがだんだん一緒になって来る。電波や熱や光やX線やγ線や、人間を離れて見れば全く同じ物で波の長さという事の外には本質的の差異を認めない。六十余種の原素もおそらくはただ陰陽電子の異なる排列に・・・ 寺田寅彦 「物質とエネルギー」
・・・こういう無経験な純粋な感覚のみにたよれば一間前にある一尺の棒と十間の距離にある同様な棒とは全く別物としか見えないに相違ない。仰向けた茶わんとうつ向けた同じ茶わんとが同一物である事を自得するまでにはかなりな経験を重ねなければならぬ。吾人普通の・・・ 寺田寅彦 「物理学と感覚」
出典:青空文庫