・・・崖の上になってるので、利根川は勿論中川までもかすかに見え、武蔵一えんが見渡される。秩父から足柄箱根の山山、富士の高峯も見える。東京の上野の森だと云うのもそれらしく見える。水のように澄みきった秋の空、日は一間半ばかりの辺に傾いて、僕等二人が立・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ 舞台で女の裸体を見せるようになった事をわたくしが初めて人から聞伝えたのは、一昨年の秋頃、利根川汎濫の噂のあった頃である。新宿の帝都座で、モデルの女を雇い大きな額ぶちの後に立ったり臥たりさせ、予め別の女が西洋名画の筆者と画題とを書いたも・・・ 永井荷風 「裸体談義」
・・・利根川の青き水の面に白き帆の 水鳥の如舞ひつゝも行く荒れし地を耕す鍬の手を止めて 汽車の煙りを見守れる男田舎道乗合馬車の砂煙り たちつゝ行けば黄の霞み立つ赤土に切りたほされし杉の木・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
出典:青空文庫