・・・ こんな事を考えている内に、女房は段段に、しかも余程手間取って、落ち着いて来た。それと同時に草原を物狂わしく走っていた間感じていた、旨く復讐を為遂げたと云う喜も、次第につまらぬものになって来た。丁度向うで女学生の頸の創から血が流れて出る・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・石の段段をのぼり、字義どおりに門をたたいて、出て来た女中に大声で私の名前を知らせてやった。うれしや、主人は、ご在宅である。右手の甲で額の汗をそっと拭うた。女中に案内されて客間にとおされ、わざと秀才の学生らしく下手にきちんと坐って、芝生の敷き・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・八階から段段段、資本主義商業の色さまざまな断面図。 ――まだここから飛び降りた奴あねえ。「もっとこちらへいらっしゃい」 音や人目や色彩や、それが余り繁いので、つまり無いと同じ雑踏の中で油井はみのえの手を執り、自分の傍へ引きよせた・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
出典:青空文庫