・・・それからかれこれ十合ばかりは互にしのぎを削りました。しかし最後に入り身になった多門は数馬の面へ打ちこみました。………」「その面は?」「その面は見事にとられました。これだけは誰の目にも疑いのない多門の勝でございまする。数馬はこの面を取・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・そこで三人は蓆屋根の下にはいりながらも、まだ一本の蛇の目を頼みにして、削りかけたままになっている門柱らしい御影の上に、目白押しに腰を下しました。と、すぐに口を切ったのは新蔵です。「お敏、僕はもうお前に逢えないかと思っていた。」――こう云う内・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・めった、人の目につかんでしゅから、山根の潮の差引きに、隠れたり、出たりして、凸凹凸凹凸凹と、累って敷く礁を削り廻しに、漁師が、天然の生簀、生船がまえにして、魚を貯えて置くでしゅが、鯛も鰈も、梅雨じけで見えんでしゅ。……掬い残りの小こい鰯子が・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・――根も精も続く限り、蝋燭の燃えさしを持っては通い、持っては通い、身も裂き、骨も削りました。 昏んだ目は、昼遊びにさえ、その燈に眩しいので。 手足の指を我と折って、頭髪を掴んで身悶えしても、婦は寝るのに蝋燭を消しません。度かさなるに・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・見ずや、きみ、やかなの鋭き匕首をもって、骨を削り、肉を裂いて、人性の機微を剔き、十七文字で、大自然の深奥を衝こうという意気込の、先輩ならびに友人に対して済まぬ。憚り多い処から、「俳」を「杯」に改めた。が、一盞献ずるほどの、余裕も働きもないか・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ 十五 小宮山は切歯をなして、我赤樫を割って八角に削りなし、鉄の輪十六を嵌めたる棒を携え、彦四郎定宗の刀を帯びず、三池の伝太光世が差添を前半に手挟まずといえども、男子だ、しかも江戸ッ児だ、一旦請合った女をむざむざ・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・津浪の如くに押寄せる外来思想は如何なる高い防波堤をも越して日一日も休みなく古い日本の因襲の寸を削り尺を崩して新らしい文明を作りつつある。この世界化は世界の進歩の当然の道程であって、民族の廃頽でもなければ国家の危険でもないのである。 イツ・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・ こういって、小刀で鉛筆を削りはじめました。しんが、やわらかいとみえて、じきに折れてしまうのです。「こんな鉛筆で、なにが書けるもんか。」 次郎さんは、かんしゃくを起こして、女中を呼びました。「きよ、なんでこんな鉛筆を買ってき・・・ 小川未明 「気にいらない鉛筆」
・・・その削り立った峰の頂にはみな一つ宛小石が載っかっていた。ここへは、しかし、日がまったく射して来ないのではなかった。梢の隙間を洩れて来る日光が、径のそこここや杉の幹へ、蝋燭で照らしたような弱い日なたを作っていた。歩いてゆく私の頭の影や肩先の影・・・ 梶井基次郎 「筧の話」
・・・地を這い渡る松の間に、乱れ立つ石を削りなして、おのずからなる腰掛けとしたるがところどころに見ゆ。岩を打ち岩に砕けて白く青く押し流るる水は、一叢生うる緑竹の中に入りて、はるかなる岡の前にあらわれぬ。流れに渡したる掛橋は、小柴の上に黒木を連ねて・・・ 川上眉山 「書記官」
出典:青空文庫