・・・われは秀才らしく最前列の席に腰をおろし、少し指先をふるわせつつ煙草をふかした。われには机のしたで調べるノオトもなければ、互いに小声で相談し合うひとりの友人もないのである。 やがて、あから顔の教授が、ふくらんだ鞄をぶらさげてあたふたと試験・・・ 太宰治 「逆行」
・・・主任の教授が、前列の中央に腰かけていますね。これは英語の先生で、私は時々、この先生にほめられた。笑っちゃいけない。本当ですよ。私だって、このころは、大いに勉強したものだ。この先生にばかりでなく、他の二、三の先生にもほめられた。本当ですよ。首・・・ 太宰治 「小さいアルバム」
・・・そう云えばいちばん前列の椅子はことごとく西洋人が占めていて、その中の一人の婦人の大きな帽子が、私の席から見ると舞台の三分の一くらいは蔽うのであった。これは世界中でいつも問題になる事であるが、ことにああいう窮屈な場所では断る事にした方が、第一・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・大将「前列二歩前へおいっ。偶数一歩前へおいっ。」大将「よろしいか。これから生産体操をはじめる。第一果樹整枝法、わかったか。三番。」兵卒三「わかりました。果樹整枝法であります。」大将「よろしい。果樹整枝法、その一、ピラミッ・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・一番前列に居た小さな信者が立ちあがって祭司次長に何か云いました。次長は大きくうなずきました。 その人はこの村の小学校の先生なようでした。落ちついて祭壇に立ってそれから叮寧にさっきのマットン博士に会釈しました。博士はたしかに青くなってぶる・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ はにかんで奥へひっこむグラフィーラの手をひっぱって、仲間が、床几の最前列へ彼女を坐らせようとしている。グラーシャは、今は、快活な一人の婦人労働者であるばかりではない、代表員である。 だが、あの引こんで赤坊と台所だけに命をささげてい・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・ 渡政のおっかさんは最前列に腰かけて、時々愉快そうに笑ったり、キッと注意をかたむけたりして一つもきき洩すまいとしています。私は、演説の間思わず本当にそうだ! と手をたたきたくなったので困りました。どんな工面をしても働く婦人が公判をききに・・・ 宮本百合子 「共産党公判を傍聴して」
三等の切符を買って、平土間の最前列に座った。一番終りの日で、彼等の後は棧敷の隅までぎっしりの人であった。一間と離れぬところに、舞台が高く見えた。 やがて囃が始り、短い序詞がすむと、地方から一声高く「都おどりは」と云った・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・最も肉体的表情であって翻訳を必要としないスポーツで日本は世界の最前列に伍していることや、所謂躍進日本の他の一面としての文化紹介を欲する政府当局の意嚮などが、外務省文化事業部へ反響して、先ず国際文化振興会が半官的な組織で成立し、つづいて島崎藤・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・最前列の女が席を立ってそれを舞台の上、演壇の下に出されてる投書受箱へ入れてきた。 ――タワーリシチ! 今夜盛大な第十回世界無産婦人デーの夕を持つことは実に愉快であります。何々区ソヴェトの心からの歓びを諸君に伝える為私は代表としてここに送・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
出典:青空文庫