・・・文学の領域でもそれは当然明瞭なわけなのだが、十数年前にプロレタリア文学としての運動があったから、今日民主主義の文学というと、後退したような感じを与える。文学の前線が時によって出たり引っこんだりしているようにも思われる。しかし、それはけっして・・・ 宮本百合子 「作家の経験」
・・・今次大戦が始ってから彼女の良人である映画監督者は、レーニングラードの前線で記録映画のために働いていた。レーニングラードは包囲された。モスクワにいたヴェラ・インベルは飛行機でレーニングラードに飛び立った。そして、包囲軍を撃退する迄そこに留った・・・ 宮本百合子 「新世界の富」
・・・ すべてのアクティヴな作家は、前線に、また前線に近い銃後に赴いて、彼らの文学的記録・通信を送っていた。十数年前には、モスクワの細長い書斎で、日本から来た女を前におきながら、私は退屈してしまったわ、曲芸も見あきたし……というようなことをい・・・ 宮本百合子 「政治と作家の現実」
・・・ 新聞で私達は玉砕と言われた前線部隊の人々が生還していることを度々読んだ。死んだと思われた人が生きて還って来るといえば私達の心は歓びで踊るように思う。然しその本人達は、そのような歓びを無邪気に感じていられただろうか。自分を死んだものとし・・・ 宮本百合子 「青年の生きる道」
・・・より遠い前線というちがいしかなかった。世界はそれを明瞭に知っている。日本じゅうでは、戦災で良人や子供を喪った女性が決して少くないのである。これらの孤独になった妻たちは、一人として個人の身勝手からおこった事故で未亡人になった婦人たちではない。・・・ 宮本百合子 「世界の寡婦」
・・・日本から赤紙一枚で前線に送られた兵士たちは、平和な日常生活の習慣から切りはなされ、国家の権力で殺すことを命じられ、その方法を教えられ、人を殺すことについて人間の当然感じる恐怖心を麻痺させる訓練を日夜つまされた。東京裁判の記事を見ても、信じら・・・ 宮本百合子 「戦争でこわされた人間性」
・・・また来て下さい、と書いてデモで停留場まで送った。 この興味ある赤軍の国際的功績を、どの作家が書いているか? 一人も書いていない。映画があるだけだ。また前線を訪問した工場からの慰問隊の、断片的な手記しかなかった。ソヴェトの作家たちは、赤軍・・・ 宮本百合子 「ソヴェト文壇の現状」
・・・小さかったナチスがそういう支援・投資を得て怪物的な成長をとげ世界を攪乱しはじめて一九三八年以来、世界平和のため、自分たちの人民生活・国家の存在の擁護のために自分の息子たち孫たちを前線に送らなければならなくなったのは、ほかならぬかつてのナチス・・・ 宮本百合子 「それらの国々でも」
・・・ また文学戦線の問題も歴史的推進力を明瞭にしながら人権を守るという点をはっきりして、よりよく生きる可能の向上としておしすすめることで、民主的なものについて最後の線を守ることで前線に立つという最後の一線がなくてはならず、どなたもおいでなさ・・・ 宮本百合子 「批評は解放の組織者である」
・・・だが、その版図の前線一円に渡っては数千万の田虫の列が紫色の塹壕を築いていた。塹壕の中には膿を浮かべた分泌物が溜っていた。そこで田虫の群団は、鞭毛を振りながら、雑然と縦横に重なり合い、各々横に分裂しつつ二倍の群団となって、脂の漲った細毛の森林・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫