・・・ すなわち、成績のわるい支店の鼻の先に、何の前触れもなしに、いきなり総発売元の直営店を設置したのがそれだ。大阪でいうならば、難波の前に千日前、堂島の前に京町堀、天満の前に天神橋といったあんばいに、随所に直営店をつくり、子飼いの店員をその・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・敵は靉河右岸に沿い九連城以北に工事を継続しつつあり、二十八日も時々砲撃しつつあり、二十六日九里島対岸においてたおれたる敵の馬匹九十五頭、ほかに生馬六頭を得たり――「どうです、鴨緑江大捷の前触れだ、うれしかったねえ、あの時分は。胸がどきど・・・ 国木田独歩 「号外」
・・・東京で罹災したと言って、何の前触れも無く、にやにや笑ってこの家へやって来て、よくもまあ恥かしくもなく、のこのこ帰って来られたものだとおれは呆れてお前たちには口もききたくない気持だったが、しかし、お前もいまはおれの娘ではないんだし、島田という・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・正式にいうと、あらかじめ重吉に通知をしたうえ、なおH着の時間を電報で言ってやるべきであるが、なるべくお互いの面倒を省いて簡略に事を済ますのが当世だと思って、わざと前触れなしに重吉を襲ったのであるが、いよいよ来てみると、自分のやり口はただの不・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・二百十日が翌日に迫っていたので、この地震は天候の変化する前触れとし、寧ろ歓迎した位なのであった。果して、午後四時頃から天気が変り、烈しい東南風が吹き始めた。大粒な雨さえ、バラバラとかかって来る。夜になると、月のない闇空に、黒い入道雲が走り、・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
・・・それは麦積山そのものが思いがけぬすばらしさを持っていたせいでもあるが、またそのすばらしさを突然われわれの目の前に持って来てくれた名取君の手腕、というのは、あまり前触れもなしにたった一人で出かけて行って、たった三日の間にあの巨大な岩山の遺蹟を・・・ 和辻哲郎 「麦積山塑像の示唆するもの」
出典:青空文庫