・・・当時先生の宿は西子飼橋という橋の近くで、前記の化学のK先生と同宿しておられた。厳格な先生のところへ、そういう不届き千万な要求を持ち込むのだから心細い。しかられる覚悟をきめて勇気をふるって出かけて行ったが、先生は存外にこうしたわれわれの勝手な・・・ 寺田寅彦 「田丸先生の追憶」
・・・しかしまた前記のように地形図がアップ・ツ・デートでないためもあるかもしれない。 地形図の価値はその正確さによる。昔ベルリン留学中かの地の地埋学教室に出入していたころ、一日P教授が「おもしろいものを見せてやろう」といって見せてくれたのは、・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・あるいはまた津田君の寡黙な温和な人格の内部に燃えている強烈な情熱のほのおが、前記の後期印象派画家と似通ったところがあるとすれば猶更の事であろう。 ある批評家はセザンヌの作品とドストエフスキーの文学との肖似を論じている。自分も偶然に津田君・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・この事はやはり前記の鉱産に関する所説と本質的に連関をもっているのである。すなわち、日本の地殻構造が細かいモザイックから成っており、他の世界の種々の部分を狭い面積内に圧縮したミニアチュアとでもいったような形態になっているためであろうと思われる・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・と言っているのも同じことで、畢竟は前記の風雅の道に立った暗示芸術の一つの相である。「言いおおせて何かある」「五六分の句はいつまでも聞きあかず」「七八分ぐらいに言い詰めてはけやけし」「句にのこすがゆえに面影に立つ」等いずれも同様である。このよ・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・たとえば鎌鼬の現象がかりに前記のような事であるとすれば、ほんとうの科学的研究は実はそこから始まるので、前に述べた事はただ問題の構成であって解決ではない。またこの現象が多くの実験的数理的研究によって、いくらか詳しくわかったとしたところ・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・ もう一つの可能性がある。前記の浴室より、もう少し左上に当たる崖の上に貸し別荘があって、その明け放した座敷の電燈が急に点火するときにそれをこっちのベランダで見ると、時によっては、一道の光帯が有限な速度で横に流出するように見えることがある・・・ 寺田寅彦 「人魂の一つの場合」
・・・またこれらが偶然でないとすれば、前記の人事も全くの偶然ではないかもしれないと思われる。少なくも、宅に取り込み事のある場合に家内の人々の精神状態が平常といくらかちがうことは可能であろう。 年末から新年へかけて新聞紙でよく名士の訃音が頻繁に・・・ 寺田寅彦 「藤の実」
・・・ 高知は毎時観測の材料がなくて調べなかったが、広島や大阪では、前記の地方的季節風が比較的弱くて、その代りに海陸風がかなり著しく発達している、そうして夕方から夜へかけては前者が後者と相殺する、そのために夕凪がかなりはっきり現れる、そうして・・・ 寺田寅彦 「夕凪と夕風」
・・・その事をまず小生は前記の手紙によって感じさせられたのである。 正直に言えば自分は、二十七日の事件を聞いたとき、自ら皇室を警衛しに行こうという心持ちは起こさなかった。皇室警衛のために東京には近衛師団がある。巡査や憲兵も沢山いる。警手もいる・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫