・・・丹波先生はやはり自分たちの級に英語を教えていたが、有名な運動好きで、兼ねて詩吟が上手だと云う所から、英語そのものは嫌っていた柔剣道の選手などと云う豪傑連の間にも、大分評判がよかったらしい。そこで先生がこう云うと、その豪傑連の一人がミットを弄・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・戸石君はいつか、しみじみ私に向って述懐した事がある。「顔が綺麗だって事は、一つの不幸ですね」 私は噴き出した。とんでもない人だと思った。戸石君は剣道三段で、そうして身の丈六尺に近い人である。私は、戸石君の大きすぎる図体に、ひそかに同・・・ 太宰治 「散華」
・・・じゃない、その時代に於いていかなる学者も未だ読んでいないような書を万巻読んでいるんだ、その点だけで君はすでに失格だ、それから腕力だって、例外なしにずば抜けて強かった、しかも決してそれを誇示しない、君は剣道二段だそうで、酒を飲むたびに僕に腕角・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・例えば、剣道の試合のとき、撃つところは、お面、お胴、お小手、ときまっている筈なのに、おまえたちは、試合も生活も一緒くたにして、道具はずれの二の腕や向う脛を、力一杯にひっぱたく。それで勝ったと思っているのだから、キタナクテね。」 ・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・柔道五段、剣道七段、あるいは弓術でも、からて術でも、銃剣術でも、何でもよいが、二段か三段くらいでは、まだ心細い。すくなくとも、五段以上でなければいけない。愚かな意見とお思いの方もあるだろうが、たとい国の平和な時でも、男子は常に武術の練磨に励・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・そこの女のひとが私の姿を見て、「あなた、剣道の先生でしょう?」と無心に言いました。 剣道の先生は、真面目な顔をして、ただいま宿へ帰り、袴を脱ぎ、すぐ机に向って、この手紙に取りかかりました。雨が降って来ました。あしたお天気だったら、佐・・・ 太宰治 「みみずく通信」
・・・曾祖父は剣道の師範のような事をやっていて、そのころはかなり家運が隆盛であったらしい。竹刀が長持ちに幾杯とかあったというような事を亮の祖母から聞いた事がある。 亮の父すなわち私の姉の夫は、同時にまた私や姉の従兄に当たっている。少年時代には・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・うちの若い娘も不思議そうに、木剣背負ってどうするんでしょうね、剣道をやっているのかしら、といっていた。 その場にいあわせたのではなかったから、行進があたりに与えた空気も、それと反対に行進を見送ったその時の通行人の気分も、それがどんなもの・・・ 宮本百合子 「女の行進」
・・・何かで、下駄の前歯が減るうちは、真の使い手になれぬと剣道の達人が自身を戒めている言葉をよんだ。 マヤコフスキーの靴の爪先にうたれた鋲は、彼の先へ! 先へ! 常に前進するソヴェト社会の更に最前線へ出ようと努力していた彼の一生を、実に正直に・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・ 仏教の思想、剣道の勘、いろいろなものが「さび」という感覚をつくりなしていたのであろうが、社会生活が変化している今日では、抑々その「さび」を主とする茶道が、関西にしても関東にしても大ブルジョアの間にだけ、嗜好されているという現実である。・・・ 宮本百合子 「文学上の復古的提唱に対して」
出典:青空文庫