・・・ 餓鬼時分からの恩をも忘れちまいやがって、俺の頭を打ち割るなんて……覚えてろ! ぶち込まれてから吠面掻くな……。 仰向けに、天井板を見つめながら、ヒクヒクと、うずく痛みを、ジッと堪えた。 会社がロックアウトをして以来、モウかれこれ四・・・ 徳永直 「眼」
・・・云いつけられるわれわれの目方は拾匁、云いつける団長のめがたは百匁、百匁割る十匁、答十。仕事は九百貫目、九百貫目掛ける十、答九千貫目。「九千貫だよ。おい。みんな。」「団長さん。さあこれから晩までに四千五百貫目、石をひっぱって下さい。」・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・「一を一で割ると一です。」「それでいいよ。」と猫の子供らがよろこんで叫びました。そこでクねずみはすっかりのぼせてしまいました。「一に二をたすと三です。」「合ってるよ。」「一から二を引くと……」と言おうとしてクねずみは、は・・・ 宮沢賢治 「クねずみ」
・・・まことに飢えたものの真剣さを、小さい頭、柔かい背に遺憾なく顕わして、せっせと、只管に粟の実を割るのである。 微かながら絶間のないピチ、ピチ、と云う音をきき乍ら、私は、寂しい、憂わしい心持に襲われた。小鳥を飼う等と云う長閑そうなことが、案・・・ 宮本百合子 「餌」
・・・警視庁特高係山口、明大生の頭を割る。山口が太いステッキを振って椅子の上から荒れ狂い、何にもしない明大生を、わきにいたばっかりに殴りつけ昏倒させたという記事が出ている。大衆の圧力と、彼等の狼狽が、新聞の大きい活字と活字の間から湧きたって感じら・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・胡桃割は割るべき胡桃とともに今モスクワじゅうの金物屋から姿を消しているから、ホテルの台所で、ホテルにもたった一つのその道具をかりて、日本にはない砂糖わりという仕事にとりかかる。(大体ソヴェトのホテル住人ぐらい、台所と、率直な家庭的関係を・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・いや、梶自身としてみても自分の頭を打ち割ることだ。いや、世界もまた――しかし、現に世界はあるのだ。そして、争っているのだった。真理はどこかになければならぬ筈にもかかわらず、争いだけが真理の相貌を呈しているという解きがたい謎の中で、訓練をもっ・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫