・・・田園的嫉妬の表白としてさもあらんとは思わるれども、この間に割愛せざるべからざる数行と言うことです。 前に書いた「な」の字さんの知っているのはちょうどこの頃の半之丞でしょう。当時まだ小学校の生徒だった「な」の字さんは半之丞と一しょに釣に行・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・私はこの点に関して特に小学校教師養成機関に就て論じたい事もあるが、今は割愛したい。 露西亜の現状に於て、外の事はともかく子供の教育上に於ては私は涙ぐましい気がする。大人はどんな苦しみをしても、その子供には不足を感ぜしめないようにし、国家・・・ 小川未明 「人間性の深奥に立って」
・・・と熊本君は、もったいぶり、「しかし、女の子のいるところは、割愛しましょう。きょうは、鼻が、こんなに赤いのですから。人間の第一印象は、重大ですよ。僕をはじめて見た女の子なら、僕が生まれた時からこんなに鼻が赤くて、しかもこの後も永久に赤いのだと・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・もっとも私は、あの短篇小説に於いて、兄妹五人と、それから優しく賢明な御母堂に就いてだけ書いたばかりで、祖父ならびに祖母の事は、作品構成の都合上、無礼千万にも割愛してしまっているのである。これは、たしかに不当なる処置であった。入江の家を語るの・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・実在の三次元の空間の一次元を割愛してただ二次元の断面に限定する代わりに、第四次元たる時間を一次元空間に投射することによって時間の経過をわれわれの任意に支配するという考えは両者に共通のものと考えられる。器械的技巧の点においてはほとんど問題にな・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・その中で比較的成効しているのは、サヴィニャク伯爵が恋敵のモーリスの化けの皮を引きはぐつもりで鹿狩りを割愛し、半日がかりで貴族系譜の数十巻をしらみつぶしに調べ上げ、やっと目的を達したと思うと、ド・ヴァレーズのでたらめを鵜のみにする公爵のあほう・・・ 寺田寅彦 「音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」」
・・・それから壺の口縁の所のやや細かい形のモデリングが始まるのであったが、そうそういつまでも見ている暇がなかったから、そこまでで残念ながら割愛して帰って来たのであった。帰りの電車に揺られながらも、この一団のきたない粘土の死塊が陶工の手にかかるとま・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・ しかしそのような過剰の許されない境遇としては、樹木のほうは割愛しても、芝生だけは作らないではいられなかった。そうして木立ちの代わりに安価な八つ手や丁子のようなものを垣根のすそに植え、それを遠い地平線を限る常緑樹林の代用として冬枯れの荒・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・しかし、たまには三原山記事を割愛したそのかわりに思い切って古事記か源氏物語か西鶴の一節でも掲載したほうがかえって清新の趣を添えることになるかもしれない。毎日繰り返される三原山型の記事にはとうの昔にかびがはえているが、たまに眼をさらす古典には・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・また押し合いへし合うことのきらいな人間は遠慮なく昇降機を割愛して階段を昇降すればよい。それで問題はないのである。 ただ問題になるのはこの昇降機というもののメンタルテストの前に人間が二色に区別されることである。 何事でも人の寄る所へは・・・ 寺田寅彦 「蒸発皿」
出典:青空文庫