・・・この実は、俺の力瘤さ。見給え、うんと力むと、ほら、むくむく実がふくらむ。も少し力むと、この実が、あからんで来るのだよ。ああ、すこし髪が乱れた。散髪したいな。」 クルミの苗。「僕は、孤独なんだ。大器晩成の自信があるんだ。早く毛・・・ 太宰治 「失敗園」
・・・彼等は論理というものに力瘤を入れる。すなわち理法によって他の承諾を強要する。民族的反感からは信用したくない人でも、論理の前には屈伏しなければならない事を知っているから。」こう云ったニーチェのにがにがしい言葉が今更に強く吾々の耳に響くように思・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ドイツでは一八九九年以来高層気象観測所を公設し、ことにカイゼル自身がこの方に力瘤を入れて奨励した。カイゼルの胸裡にはその時既に空中襲英の問題が明らかに画かれていたと称せられている。これに反して英国で高層観測事業が一私人ダインスの手から政府に・・・ 寺田寅彦 「戦争と気象学」
・・・こっちには松山の伯父さんもいられるし、これもうんと力瘤を入れているように吹聴したでしょう」「どうもそうらしいね。ふみ江のいけないのはむろんだが、姉にもそういうところはあるね。それに姉も先方の身上を買い被っていたらしいんだ。そこは僕も姉を・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・やがて二の腕へ力瘤が急に出来上がると、水を含んだ手拭は、岡のように肉づいた背中をぎちぎち磨り始める。 手拭の運動につれて、圭さんの太い眉がくしゃりと寄って来る。鼻の穴が三角形に膨脹して、小鼻が勃として左右に展開する。口は腹を切る時のよう・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・ これまでだって、ソヴェトのプロレタリアートは力を合わせ、この大仕事の完成に努力して来たが、今年の力瘤の入れようはまた別だ。 働くのに五日週間制で、順ぐり「間断なき週間」でやるのに、休みのときの楽しみを与えてくれる文化活動だけが夏休・・・ 宮本百合子 「ソヴェト労働者の夏休み」
・・・ 太鼓は、自分は誰かに叩かれなければ、声の出せないのを忘れて、体中に力瘤を入れて意気込んだが、勿論音の出る筈はない。自分の間抜けに気が付いた太鼓は、暫くぼんやりする程がっかりして恥しがった。けれども、恥しいと云うのが口惜しい太鼓は、すっ・・・ 宮本百合子 「一粒の粟」
・・・人生のずれたところへ力瘤を入れて、わきめもふらない女の哀れな憎々しさ。それが、この自分にあるのだろうか。帰って半月もたたない重吉からこんな電車の中で、それを云われなければならないのだろうか。こらえても、涙があふれた。涙をこぼしながら、ひろ子・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・横田嘲笑いて、それは力瘤の入れどころが相違せり、一国一城を取るか遣るかと申す場合ならば、飽くまで伊達家に楯をつくがよろしからん、高が四畳半の炉にくべらるる木の切れならずや、それに大金を棄てんこと存じも寄らず、主君御自身にてせり合われ候わば、・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・相役嘲笑いて、それは力瘤の入れどころが相違せり、一国一城を取るか遣るかと申す場合ならば、飽くまで伊達家に楯をつくがよろしかるべし、高が四畳半の炉にくべらるる木の切れならずや、それに大金を棄てんこと存じも寄らず、主君御自身にてせり合われ候わば・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
出典:青空文庫