・・・目の先三寸の功利的な見とおしと行動の自信とは決して同一のものと云えない。現代の若い世代は、自分とひととの人生にまともに面して、負うている責任の感情を自身にたしかめてみて、そこが肯定されればその誠意を自信のよりどころと思いきわめて生きるほかは・・・ 宮本百合子 「女の歴史」
日本語と云うものが、地球上、余り狭小な部分にのみ通用する国語であると云うことは、文筆に携る者にとって、功利的に考えれば、第一、損な立場であると思います。 使用上、所謂、敬語、階級的な感情、観念を現す差別の多いこと、女の・・・ 宮本百合子 「芸術家と国語」
・・・自分一人の儲け、自分一人の立身出世、それを狙うことの愚かさは云うをまたないことであるのだけれど、ひる間は勤めて夜は実業学校へ通っている少年たちの心の目あては、十人が十人果して功利的な儲けや出世にとどまっていただろうか。 夜九時すぎから十・・・ 宮本百合子 「今日の耳目」
・・・都下の諸新聞は、防共三首都の日本景気に氾濫したニュースと共に、四年間に亙った帝人事件が無罪と決定したこと並に、明春建国祭を期して一大国民運動をおこして特に国体明徴、日本精神の昂揚、個人主義、自由主義、功利主義、唯物主義の打破等精神総動員の趣・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・科学に対する統制は科学の発展を阻害して目前の功利主義へひきとめる形としてあらわれて来ている。多くの科学者が、科学の立場からその強力な摩擦に苦しみ、そのような統制に反対の意志を示しているのは当然である。このような統制は本質的には、一般的に人間・・・ 宮本百合子 「作家のみた科学者の文学的活動」
・・・米国の箇人的教育は、各種の箇性を重んじながら、其の功利主義の伝統的暗示、或は宣伝に依て、箇人的気質が、公衆の不文律に順応して行ける程度の寛和、或は弛緩を加えて居ります。従って、群集の各人は、箇性の力に明かな局限を認める事に馴れ、其の局限の此・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・三斎公聞召され、某に仰せられ候はその方が申条一々もっとも至極せり、たとい香木は貴からずとも、この方が求め参れと申しつけたる珍品に相違なければ大切と心得候事当然なり、総て功利の念を以て物を視候わば、世の中に尊き物は無くなるべし、ましてやその方・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・松向寺殿聞召され、某に仰せられ候は、その方が申条一々もっとも至極なり、たとい香木は貴からずとも、この方が求め参れと申つけたる珍品に相違なければ、大切と心得候事当然なり、総て功利の念をもて物を視候わば、世の中に尊き物は無くなるべし、ましてやそ・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
・・・彼を束縛するものはただこの満足のための功利的節度のほかに何ものもない。 しかし人はこの物質的な世界に何の不足もなく安住することができるか。愛の歓喜にある時彼はその幸福の永遠性を望まないか。官能の悦楽のあとで彼はそのはかなさに苦しまないで・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
・・・芸術家は、ただ知識と功利的目的とによってのみ製作欲を起こし得るほど、いい加減なものではないのである。 私は偶像崇拝の正当な根拠を説いた。この視点から見て、千年以前の我々の祖先の文化がいかに心理的な深さを獲得するかは、きわめて興味ある問題・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
出典:青空文庫