・・・「いや私も近頃は少し脳の加減を悪るくして居りましてな」とか、「えゝその、居は心を移すとか云いますがな、それは本当のことですな。何でも斯ういう際は多少の不便を忍んでもすぱりと越して了うんですな。第一処が変れば周囲の空気からして変るというもんで・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・傍の卓子にウイスキーの壜が上ていてこっぷの飲み干したるもあり、注いだままのもあり、人々は可い加減に酒が廻わっていたのである。 岡本の姿を見るや竹内は起って、元気よく「まアこれへ掛け給え」と一の椅子をすすめた。 岡本は容易に坐に就・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・材料も吟味し、木理も考え、小刀も利味を善くし、力加減も気をつけ、何から何まで十二分に注意し、そして技の限りを尽して作をしても、木の理というものは一々に異う、どんなところで思いのほかにホロリと欠けぬものでは無い。君の熔金の廻りがどんなところで・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ところが仲間に、よせやい、自分の首を絞めるものではないか、いゝ加減にやッつけて置けよとひやかされてしまった。すると、その労働者が、「馬鹿云え。政権一度われらの手に入らば、あすこはゲー・ペー・ウの本部になるんだ。そのために今から精々立派な・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・といい加減に間を合わしておくと、「万歳」と言ってにこにこして飛んできて、藤さんを除けて自分の隣りへあたる。「よ。姉さんもだよ」という。「よしよし」「何の事なんです」と藤さんは微笑む。「今電話がかかりましてね、……」「・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・紅梅白梅が艶を競ったの、夢に夢みる思いをしたのといい加減な大嘘ばかり並べて、それからいよいよ山椒魚だ、巒気たゆとう尊いお姿が、うごめいていて、そうして夜網にひっかかったの、ぱくりと素早くたべるとか何とか言って、しまいには声をふるわせて、一丈・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・ おれはいい加減に口をもぐつかせて謝した。「町の掃除人が持って参ったのでございます。その男の妻が拾ったそうでございます。四十ペンニヒ頂戴いたしたいと申しておりました。」「そんなら出しておいてくれい。あとで一しょに勘定して貰うから・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・また撮影速度の加減によって速いものをおそくも、おそいものを速くもすることができるし、必要ならば時を逆行させて宇宙のエントロピーを減少させることさえできるのである。 これらの「映画の世界像」の分析については、かつて「思想」誌上で詳説したか・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・そして大きな褄楊枝で草色をした牛皮を食べていると、お湯の加減がいいというので、湯殿へ入っていった。すると親類の一人から電話がかかって、辰之助が出てゆくと、今避難者が四百ばかり著くから、その中に道太の家族がいるかもしれないというのであった。道・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・馬糞と、藁の腐ったのと、人糞を枯らしたのを、ジックリと揉み合して調配したのが、いい加減の臭気となって、善ニョムさんの鼻孔をくすぐった。 善ニョムさんは、片手を伸すと、一握りの肥料を掴みあげて片ッ方の団扇のような掌へ乗せて、指先で掻き廻し・・・ 徳永直 「麦の芽」
出典:青空文庫