・・・あれこれと考えれば考えるほど青扇と僕との体臭がからまり、反射し合っているようで、加速度的に僕は彼にこだわりはじめたのであった。青扇はいまに傑作を書くだろうか。僕は彼の渡り鳥の小説にたいへんな興味を持ちはじめたのである。南天燭を植木屋に言いつ・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・底のない墜落、無間奈落を知って居るか、加速度、加速度、流星と同じくらいのはやさで、落下しながらも、少年は背丈のび、暗黒の洞穴、どんどん落下しながら手さぐりの恋をして、落下の中途にて分娩、母乳、病い、老衰、いまわのきわの命、いっさい落下、死亡・・・ 太宰治 「創生記」
・・・は、女の局員がする事になっていたのですが、その円貨切り換えの大騒ぎがはじまって以来、私の働き振りに異様なハズミがついて、何でもかでも滅茶苦茶に働きたくなって、きのうよりは今日、きょうよりは明日と物凄い加速度を以て、ほとんど半狂乱みたいな獅子・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・たちまち加速度を以て、胸焼きこげるほどに海辺を恋い、足袋はだしで家を飛び出しざぶざぶ海中へ突入する。脚にぶつぶつ鱗が生じて、からだをくねらせ二掻き、三掻き、かなしや、その身は奇しき人魚。そんな順序では無かろうかと思う。女は天性、その肉体の脂・・・ 太宰治 「女人訓戒」
・・・少しずつ離れて、たちまち加速度を以て、離れてしまった。その職人には、いま、妻も子も在る。数枝は、平凡な女給である。人生は、こんなものだ。ひとは、たよりにならない。幼いころから、そう教えられ、そうして、そのとおりに思いこんでいた。二十四になっ・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・を片付けると、必然の成行きとして「重力と加速度の問題」が起って来た。この急所の痛みは、他の急所の痛みが消えたために一層鋭く感ぜられて来た。しかしこの方の手術は一層面倒なものであった。第一に手術に使った在来の道具はもう役に立たなかった。吾等の・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ 二マイルも離れた川から水路を掘り通して旱魃地に灌漑するという大奮闘の光景がこの映画のクライマックスになっているが、このへんの加速度的な編集ぶりはさすがにうまいと思われる。 ただわれわれ科学の畑のものが見ると、二マイルもの遠方から水・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・しかし加速度となると時間の自乗に逆比例するから時間のほうが二倍に延びれば加速度は四分の一になる。それで、たとえば煙突の崩壊する光景の映画を半分の速度で映写すると、それは地球の四分の一の質量を有する遊星の上での出来事であるかのように見えるので・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・ 最後の汽車と騎馬との追っ駆けは、無音映画としてはあまりに陳套な趣向であるが、しかしあの機関車の音と画像と、馬のひづめの音と足掻きの絵との加速度的なフラッシュ・バックにはやはりちょっとすぐにはまねのできない呼吸のうまみがあるようである。・・・ 寺田寅彦 「音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」」
・・・すなわち、その週期の時に、いちばん小さな振幅あるいは加速度を感得しうるというのである。さらにおもしろいことは、その特別な週期が各人の身体の構造の異同で少しずつちがい、それが結局は各個人の、腰掛けた位置に相当する固有振動週期を示すものらしいと・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
出典:青空文庫