・・・橋の袂は交通線上の一つの特異点であって、歩行者の心のテンポにある加速度を与えるために自然に予定の行為への衝動を受けるのかもしれない。 われわれの生活の行路の上にもまたこういう橋の袂がある。そうしてそこで自分の過去の重荷を下ろそうとして躊・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
・・・その人間の廻転する円の半径がだんだん小さくなるに従って、鳥から見たそれの角速度は半径と逆比例して急激に増大して来るのであるから、鳥の注意と緊張もそれに応じて急激にしかし連続的加速度的に増大を要求されるであろう。そういう、鳥にとってはおそらく・・・ 寺田寅彦 「鴫突き」
・・・ 物理学の初歩の教科書を見ると、地球重力による物体落下の加速度は毎秒毎秒九・八メートルであると書いてある。しかしデパートの屋上から落とした一枚の鼻紙は決してこの方則には従わないのである。重力加速度に関する物理の方則は空気の抵抗や風の横圧・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・空気の抵抗その他をなくすればほぼ一秒間九・八メートルの加速度をもって落つる事は中等教育を受けた者はともかくも一度物理学教科書に教えられる。しかしこれだけの簡単な方則の意味をほんとうに理解していつでも応用しうる程度までに知る人ははなはだまれで・・・ 寺田寅彦 「知と疑い」
・・・しかしその出発原点と大体の加速度の方向とが同君として最も適切なところに嵌っている事は疑いもない事である。そして既に現在の作品が群を抜いた立派なものである事も確かである。それで自分は特別な興味と期待と同情とをもって同君の将来に嘱目している。そ・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・手首が硬直凝固の状態になっていてはキューのまっすぐなピストン的運動が困難であるのみならず、種々の突き方に必要なキューの速度加速度の時間的経過を自由に調節することも不可能であるように見える。特に軽快な引き球などのできるとできないは主としてこの・・・ 寺田寅彦 「「手首」の問題」
・・・に対する自分の好奇心を急激な加速度で増長せしめるに至った経路はあるいは一部の読者に興味があるかもしれないし、また自分が本分を忘れて、他人の門戸をうかがうような不倫をあえてするに至った事の申し訳にもいくぶんはなるかもしれないから一つの懺悔話と・・・ 寺田寅彦 「比較言語学における統計的研究法の可能性について」
・・・これがある物に作用した時にこれが有限な加速度をもって運動すれば、その物はすなわち物質で質量を具えていると云う。その質量の大小は同じ力の働いた時の加速度に比例すると考えるのである。否むしろかくのごとき方則に従って力に反応する物を物質と名づける・・・ 寺田寅彦 「物質とエネルギー」
・・・例えば「落体がある場所で九・八メートル/秒秒の加速度をもって垂直に落下する」というのでも、実は地球の重力のみ働き空気の抵抗や電気磁気などの作用がないとした場合の事である。しかるに実際物体を落す場合に完全な真空で完全に他の力を除外して実験する・・・ 寺田寅彦 「物理学実験の教授について」
・・・たとえば力という観念でも非人間的傾向を徹底させる立場から言えばなんらの具体的のものではなく、ただ「物質に加速度が生じた」という事を、これに「力が働いた」という言葉で象徴的に言いかえるに過ぎないが、普通この言葉が用いられる場合には何かそこに具・・・ 寺田寅彦 「物理学と感覚」
出典:青空文庫