・・・無興味、無理想、無解決を根柢にした作物にせよ、何処にか『若やかな姿』を見出さなければ芸術品として劣等なものだと思う。 主義、主張と、芸術品を製作する時との感興は別でなければならぬ。製作家が感興に満ちていなければ、作品に光の出る理由がない・・・ 小川未明 「若き姿の文芸」
・・・食色の慾は限りがある、またそれは劣等の慾、牛や豚も通有する慾である。人間はそれだけでは済まぬ。食色の慾が足り、少しの閑暇があり、利益や権力の慾火は断えず燃ゆるにしてもそれが世態漸く安固ならんとする傾を示して来て、そうむやみに修羅心に任せても・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・私は丙種である。劣等の体格を持って生れた。鉄棒にぶらさがっても、そのまま、ただぶらんとさがっているだけで、なんの曲芸も動作もできない。ラジオ体操さえ、私には満足にできないのである。劣等なのは、体格だけでは無い。精神が薄弱である。だめなのであ・・・ 太宰治 「鴎」
・・・ミケランジェロは、劣等生であるから、神が助けて描いてやったのである。これは、ミケランジェロの作品では無い。 そんな、いいものを見て、私は食事を中止し、きょときょと部屋を見廻した。家の者が、うつむいて、ごはんをたべている。私は、「最後の審・・・ 太宰治 「俗天使」
・・・私たちの母の説に依れば、百年ほど前から既に世界は、男性衰微の時代にはいっているのだそうでして、肉体的にも精神的にも、男性の疲労がはじまり、もう何をやっても、ろくな仕事が出来ない劣等の種族になりつつあるのだそうで、これからはすべて男性の仕事は・・・ 太宰治 「女神」
・・・ 反対に、猿の方が人間より劣等だとすると、猿も人間も年を取るほどだんだん劣等になるのだという事になりはしないか。 これは顔だけから見た人猿優劣比較論であり、老若賢愚比較論である。 これに似た比較論が世間では普通に行われている。財・・・ 寺田寅彦 「猿の顔」
・・・ある経済学者の説によるといかなる有害無益の劣等の人間でも一様に「生存の権利」というものがあるそうである。そんならねずみだって同じ権利を認めてやらないのはわるいような気がする。しかしそういう権利が人間にさえあるのかないのか自分にはわからない。・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・ この世の中で最劣等の人間のごとく自分を感じていた亮は、彼を教えていた教授がたの目には決してそうばかりとは見えなかった。ある先生などは特に彼の頭のいい事を確かに認めていたらしい。それで卒業席次がいちばん下のほうであったにかかわらず、先生・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・われらをして、まずこの神聖なる過去の霊場より、不体裁なる種々の記念碑、醜悪なる銅像等凡て新しき時代が建設したる劣等にして不真面目なる美術を駆逐し、そしてわれらをして永久に祖先の残した偉大なる芸術にのみ恍惚たらしめよ。自分は断言する。われらの・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・オセロの敏感な自尊心――黒人の劣等感のうらがえされたもの――そのものと、イヤゴーのユダ的性格そのものが、性格と性格の格闘として悲劇を形成している。 現代の悲劇というより、むしろ正劇は、個々の性格間の格闘というよりも拡大されて、人間理性の・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
出典:青空文庫