・・・ と、手をふるはずみに、鳴子縄に、くいつくばかり、ひしと縋ると、刈田の鳴子が、山に響いてからからから、からからからから。「あはははははは。おほほほほほ。」 勃然とした体で、島田の上で、握拳の両手を、一度打擲をするごとくふって見せ・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ 若崎は勃然として、「知れたことサ。」と見かえした。身体中に神経がピンと緊しく張ったでもあるように思われて、円味のあるキンキン声はその音ででも有るかと聞えた。しかしまたたちまちグッタリ沈んだ態に反って、「火はナア、……火はナ・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・こんな奴に、ばかにされてたまるか、という野蛮な、動物的な格闘意識が勃然と目ざめ、とかく怯弱な私を、そんなにも敏捷に、ほとんど奇蹟的なくらい頑強に行動させた。佐伯は尚も、のがれようとしてもがいた。「坐り給え。」私は彼を無理矢理、椅子に坐ら・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・ 探険の興は勃然として湧起ってきたが、工場地の常として暗夜に起る不慮の禍を思い、わたくしは他日を期して、その夜は空しく帰路を求めて、城東電車の境川停留場に辿りついた。 葛西橋の欄干には昭和三年一月竣工としてある。もしこれより以前に橋・・・ 永井荷風 「放水路」
・・・一たび考察をここに回らせば、世態批判の興味の勃然として湧来るを禁じ得ない。是僕をして新聞記者の中傷を顧みず泰然としてカッフェーの卓子に倚らしめた理由の第四である。 僕のしばしば出入したカッフェーには給仕の女が三十人あまり、肩揚のある少女・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・おのれのみが志を遂げんために利を逐うて狂奔する虚業家、或いは政治家、おのれの心のみを倦まざらしめんためにホテルへ踊りに行く貴族富豪、それらを見て父の心には勃然として怒りの情が動きはしまいか。今や、皇室をねらう不埒漢さえも出た非常の時である。・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫