・・・ 永遠に渇している目は動くあごに注がれている。 しかしこのに注がれているのは、この二つの目ばかりではない。目が今二つある。 今二つの目の主は七つか八つ位の娘である。無理に上げたようなお煙草盆に、小さい花簪を挿している。 白い・・・ 森鴎外 「牛鍋」
・・・「はッし、ぬかッた、気がつかなかッた。馬じゃ……敵じゃ……敵の馬じゃ」「敵は多勢じゃ、世良田どの」「味方は無勢じゃ、秩父どの」「さても……」「思わぬ……」敵はまぢかく近寄ッた。「動くな、落武者。知らぬか、新田義興は昨日矢口で殺されて・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・なこと、実際これはこうなる、あれはああなると思うような何んでもない、簡単なことが渦巻き返して来ると、ルーレットの盤の停止点を見詰めるように、停るまでは動きが分らなくなるという魔力に人はかかってしまう。動くのと停るのと、どこでどんなに違うのか・・・ 横光利一 「鵜飼」
・・・したがって彼は、義理にしたがって動くのではなく、外聞を本にして動く。たとえば、けちだと言われまいと思って知行を多く与える類である。強い大将ならば、必要あって物を蓄える時には、貪欲と言われようと、意地ぎたないと言われようと、頓着しない。知行は・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫