一 最近数年間の文壇及び思想界の動乱は、それにたずさわった多くの人々の心を、著るしく性急にした。意地の悪い言い方をすれば、今日新聞や雑誌の上でよく見受ける「近代的」という言葉の意味は、「性急なる」とい・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・あの人は、私の内心の、ふたたび三たび、どんでん返して変化した大動乱には、お気づきなさることの無かった様子で、やがて上衣をまとい服装を正し、ゆったりと席に坐り、実に蒼ざめた顔をして、「私がおまえたちの足を洗ってやったわけを知っているか。おまえ・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・酔いがぐるぐる駈けめぐっている動乱の頭脳で、それでも、あれこれ考え悩み、きょうは、どうも、ごちそうさまでした、と新聞社の人にお礼を言って、それだけで引きさがろうと態度をきめた。その時の私の心で一ばん素直に、偽りなく言える言葉は、ただそのお礼・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・の大きな写真版をひろげて、そればかりを見つめながら箸を動かしていたのであるが、図の中央に王子のような、すこやかな青春のキリストが全裸の姿で、下界の動乱の亡者たちに何かを投げつけるような、おおらかな身振りをしていて、若い小さい処女のままの清楚・・・ 太宰治 「俗天使」
・・・地獄の大動乱がはじまった。私は、阿佐ヶ谷の外科病院にいた時から、いまわしい悪癖に馴染んでいた。麻痺剤の使用である。はじめは医者も私の患部の苦痛を鎮める為に、朝夕ガアゼの詰めかえの時にそれを使用したのであったが、やがて私は、その薬品に拠らなけ・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・笠井さんは、醜怪な、奇妙な表情を浮べて、内心、動乱の火の玉を懐いたまま、ものもわからず勘定をすまし、お茶代を五円置いて、下駄をはくのも、もどかしげに、「やあ、さようなら。こんどゆっくり、また来ます。」くやしく、泣きたかった。 宿の玄・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・それで、特に目につくような赤軸の鉛筆で記事のノートを取るような風をしながら、その鉛筆の不規則な顫動によって彼の代表している犯人の内心の動乱の表識たるべき手指のわななきを見せるというような細かい技巧が要求される。「その男になにか見覚えになる特・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・ただ冷静で気永く粘り強い学者のために将来役に立つような資料を永続的系統的に供給することの出来るような、しかも政治界や経済界の動乱とは無関係に観測研究を永続させ得るような機関を設置することが大切であろう。 颱風が日本の国土に及ぼす影響・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・松や杉は落付いているのに恐ろしい灰色雲の下で竹がざわめくこと――このような天候の時、一人ぼっちでこの近傍によくある深い細道ばかりの竹藪を通ったら、どんなに神経が動乱するだろう。ドーッと風が吹きつける。高さ三十尺もある孟宗竹の藪が一時に靡く。・・・ 宮本百合子 「雨と子供」
・・・ 翌十日、自分は、動乱した心持のやや鎮まりを感じ、気分を更える為に髪を洗った。 今日は風の強い、始めて蝉の声のする夏らしい日だ。 朝から仕事にかかる心組みで、食後机に向った。一回分の半以上迄無事に進んだが、そのうち又、心について・・・ 宮本百合子 「有島武郎の死によせて」
出典:青空文庫