・・・ それからお増が、「お母さんの御立腹も御尤もですけれど、私が思うにャお母さんも少し勘違いをして御いでなさいます。お母さんは永年お民さんをかわいがって御いでですから、お民さんの気質は解って居りましょう。私もこうして一年御厄介になって居・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・そしてその女は自分が咳をしてから庭の方を向いたのを勘違いして、てっきりこれは「心臓へ来た」と思ってしまったのだと吉田は悟ることができた。そして咳がふいに心臓の動悸を高めることがあるのは吉田も自分の経験で知っていた。それで納得のいった吉田はは・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・私が馬鹿な勘違いをしたのです。けれども、数枝さん、私はそれから待ちましたよ。もうきっと、あなたと一緒になれるものと錯覚してしまって、心の中では、あなたをワイフと呼んで待っていましたのに、あなたは、あれっきりもう帰って来ない。この地方では男は・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・ 現象を記載するだけが科学の仕事だというスローガンがしばしば勘違いに解釈されて、現象の背後に伏在する機構への探究を阻止しようとすることがあるような気がする。しかし、気をつけないと、自働交換台の豆電燈の瞬きを手帳に記録するだけで満足するよ・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・どう勘違いしたのか要太郎はとんでもない方へ進んでいる。声を掛けようかと思ったが鳥を驚かしてはならぬと思うて控えていると果然鴫は立った。要太郎は舌打ちをしたと云う風であったが此方を見て高く笑うた。そして二本並んだ木蔭へ足を投げ出して坐って吾等・・・ 寺田寅彦 「鴫つき」
・・・それでかまわず地図の教えるとおりに歩いて行くと、あとから先ほどの若い男が駆けて来て、「ちょっと勘違いしました、どうもすみません」といって駆け抜けて行った。小瀬へ行ってみるとその男はもうちゃんと宿屋に納まって子供とピンポンをやっていた。人間は・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・オェルステットが有名な実験をした時の彼自身の考えは質的にさえ勘違いしていた。ルムフォードの有名な実験は「水が沸きさえもした」事に要点があった。ロバート・マイヤーがフラスコの水を打ち振った後にジョリーの室へ駆け込んで "Es ischt so・・・ 寺田寅彦 「量的と質的と統計的と」
・・・ たださえ集団農場化に反対な富農が女房までソヴェト役員にとられたと勘違いした揚句、村の反革命的分子を煽動して指導者を石で打殺す結果になったとしか思われない。 カターエフの誤謬は階級的闘争を大衆的に表現せず、個人の心理描写で説明しよう・・・ 宮本百合子 「インターナショナルとともに」
・・・その点を何か勘違いしている場合が多いと思いますが、どうでしょう。経済的な目というものを、結婚や恋愛の場合女の側から男にだけ求めるものとして女に考えられている場合があるし、ひどいのになると、結婚は人生の事務であると云うような理屈づけで、恋愛の・・・ 宮本百合子 「女性の生活態度」
・・・ これらの人々が、もし作品にあらわれた右翼的危険との闘争を一般同伴者的作家への突撃であるという風に勘違いをしたとすれば、それはまことに中條の論文における未熟さにおいて汗顔ものであると同時に、同志たちの立場としても、相当記憶にのこるべき滑・・・ 宮本百合子 「前進のために」
出典:青空文庫