・・・「敷物。畳、絨毯、リノリウム、コオクカアペト……「台所用具。陶磁器類、硝子器類、金銀製器具……」 一冊の本に失望したたね子はもう一冊の本を検べ出した。「繃帯法。巻軸帯、繃帯巾、……「出産。生児の衣服、産室、産具……「・・・ 芥川竜之介 「たね子の憂鬱」
・・・が、繃帯した手に、待ちこがれた包を解いた、真綿を幾重にも分けながら。 両手にうけて捧げ参らす――罰当り……頬を、唇を、と思ったのが、面を合すと、仏師の若き妻の面でない――幼い時を、そのままに、夢にも忘れまじき、なき母の面影であった。・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・刈り取られた黍畑や赤はげの小山を超えて、およそ二千メートル後方の仮繃帯場へついた時は、ほッと一息したまま、また正気を失てしもた。そこからまた一千メートル程のとこに第○師団第二野戦病院があって、そこへ転送され、二十四日には長嶺子定立病院にあっ・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・今眼が覚めたかと思うと、また生体を失う。繃帯をしてから傷の痛も止んで、何とも云えぬ愉快に節々も緩むよう。「止まれ、卸せ! 看護手交代! 用意! 担え!」 号令を掛けたのは我衛生隊附のピョートル、イワーヌイチという看護長。頗る背高で、・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・この人間の文化の傷を繃帯するということが、一般的にいって、婦人の天職なのではあるまいか。 何といっても男性は荒々しい。その天性は婦人に比べれば粗野だ。それは自然からそう造られているのである。それは戦ったり、創造したりする役目のためなのだ・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・ 看護卒は、負傷した少尉の脚に繃帯をした。少尉の傷は、致命的なものではなかった。だから、傷が癒えると、少尉から上司へいい報告がして貰える。看護卒には、看護卒なりに、そういう自信があった。 彼等は、愉快な、幸福な気分を味わいながら駐屯・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・ 踵を失った大西は、丸くなるほど繃帯を巻きつけた足を腰掛けに投げ出して、二重硝子の窓から丘を下って行くアメリカ兵を見ていた。負傷者らしい疲れと、不潔さがその顔にあった。「ヘッ、まるでもぐらが頸を動かしたくても動かせねえというような恰・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ちど、同じ課に勤務している若い官吏に夢中になり、そうして、やはり捨てられたときには、そのときだけは、流石に、しんからげっそりして、間の悪さもあり、肺が悪くなったと嘘をついて、一週間も寝て、それから頸に繃帯を巻いて、やたらに咳をしながら、お医・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・医者は膝頭に突きささっている鉛の弾を簡単にピンセットで撮み出して、小さい傷口を消毒し繃帯した。娘の怪我を聞いて父親の小使いが医務室に飛び込んで来た。僕は卑屈なあいそ笑いを浮べて、「やあ、どうも。」と言った。僕は、自分が本当に悪いと思って・・・ 太宰治 「雀」
・・・いつかあたしが、足の親指の爪をはがした時、お母さんは顔を真蒼にして、あたしの指に繃帯して下さりながら、めそめそお泣きになって、あたし、いやらしいと思ったわ。また、いつだったか、あたしはお母さんに、お母さんはでも本当は、あたしよりも栄一のほう・・・ 太宰治 「冬の花火」
出典:青空文庫