・・・それから山城の貉が化ける。近江の貉が化ける。ついには同属の狸までも化け始めて、徳川時代になると、佐渡の団三郎と云う、貉とも狸ともつかない先生が出て、海の向うにいる越前の国の人をさえ、化かすような事になった。 化かすようになったのではない・・・ 芥川竜之介 「貉」
・・・狸が帽子に化けて僕をいじめるのではないかしら。狸が化けるなんて、大うそだと思っていたのですが、その時ばかりはどうもそうらしい気がしてしかたがなくなりはじめました。帽子を売っていた東京の店が狸の巣で、おとうさんがばかされていたんだ。狸が僕を山・・・ 有島武郎 「僕の帽子のお話」
・・・ あやかし火について、そんな晩は、鮫の奴が化けるだと……あとで爺さまがいわしった。 そういや、目だっぺい。真赤な火が二つ空を向いて、その背中の突先に睨んでいたが、しばらくするとな。いまの化鮫めが、微塵になったように、大きい形はすぽり・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・私は、当日、小作の挿画のために、場所の実写を誂えるのに同行して、麻布我善坊から、狸穴辺――化けるのかと、すぐまたおなかまから苦情が出そうである。が、憚りながらそうではない。我ながらちょっとしおらしいほどに思う。かつて少年の頃、師家の玄関番を・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・「馬鹿な事を言っちゃ可かん、子供が大人になったり、嫁が姑になったりするより外、今時化けるって奴があるものか。」 と一言の許に笑って退けたが、小宮山はこの女何を言うのかしらと、かえって眉毛に唾を附けたのでありまする、女は極く生真面目で・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ ユフカは、外国の軍隊を襲撃したパルチザンが逃げこんで百姓に化けるので有名だった。そればかりでなく、そこの百姓が残らずパルチザンだ。――ポーランド人の密偵の報告によるとそうだった。 密偵は、日本軍にこびるために、故意に事実を曲げて仰・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・狐が化けるなどは、狐にとって、とんでも無い冤罪であろうと思う。もし化け得るものならば何もあんな、せま苦しい檻の中で、みっともなくうろうろして暮している必要はない。とかげにでも化けてするりと檻から脱け出られる筈だ。それができないところを見ると・・・ 太宰治 「女人訓戒」
・・・ いずれにしても、こんなふうに「化ける」ための化粧をするのはおそらく人間以外の動物にはめったにない事であろうと思われる。人間は火を使用する動物なりという定義とほぼ同等に化粧する動物なりという定義もできるかもしれない。そうだとすると、男も・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ 第六十八段、大根が兵士に化ける話は少し怪しいが、次の六十九段と合せて読んで見ると寓意を主として書いたものとも思われる。 迷信とは少し事変るがいわゆるゴシップの人を迷わす例がある。猫又のゴシップの力で犬が猫又になる話や、ゴシップから・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・仕合わせとこれが気立てのやさしい正直もので、もっとも少しぼんやりしていて、たぬきは人に化けるものだというような事を信じていたが、とにかく忠実に病人の看護もし、しかられても腹も立てず、そして時にしくじりもやった。手水鉢を座敷のまん中で取り落と・・・ 寺田寅彦 「どんぐり」
出典:青空文庫