・・・川の向う正面はちょうど北浜三丁目と二丁目の中ほどのあたりの、中華料理屋の裏側に当っていて、明けはなした地下室の料理場がほとんど川の水とすれすれでした。その料理場では鈍い電灯の光を浴びた裸かの料理人が影絵のようにうごめいていました。その上は客・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・細君は北浜の相場師の娘だったが、家が破産して女専を二年で退学し、芸者に出なければならぬ破目になっていたところを、世話する人があって天辰へ嫁いだのだった。勿論結納金はかなりの金額で、主人としては芸者を身うけするより、学問のある美しい生娘に金を・・・ 織田作之助 「世相」
・・・おきんの亭主はかつて北浜で羽振りが良くおきんを落籍して死んだ女房の後釜に据えた途端に没落したが、おきんは現在のヤトナ周旋屋、亭主は恥をしのんで北浜の取引所へ書記に雇われて、いわば夫婦共稼ぎで、亭主の没落はおきんのせいだなどと人に後指ささせぬ・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
出典:青空文庫