・・・おくれて午後十一時頃になる。此時はオートミルやうどんのスープ煮に黄卵を混ぜたりします。うどんは一寸位に切って居りました。 食事は普通人程の分量は頂きました。お医者様が「偉いナー私より多いがナー」と言われる位で有りました。二十日ばかり心臓・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・ 彼は往来で医者の看板に気をつける自分を見出すようになった。新聞の広告をなにげなく読む自分を見出すようになった。それはこれまでの彼が一度も意識してした事のないことであった。美しいものを見る、そして愉快になる。ふと心のなかに喜ばないものが・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・まもなく近所の医者が来る事は来た。診察の型だけして「もう脈がない。」と言ったきり、そこそこに行ってしまった。「弁公しっかりしな、おれがきっとかたきを取ってやるから。」と親方は言いながら、財布から五十銭銀貨を三四枚取り出して「これで今夜は・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・またそれとともに、職能というものは真摯にラディカルに従事して行けば、必ず人生哲学的な根本問題に接触してくるものである。医者は生と、精神の課題に、弁護士は倫理と社会制度の問題に、軍人は民族と国際協同の問題に接触せずにはおられない。その最も適切・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・そこで、病気だと云って内地米ばかりを配給して貰う者が出てくる──一度や二度はその病気の看板もきくがそうたび/\は通らない。そこで医者の診断書を取ってくる。これなどまだ小心で正直な方だが口先のうまい奴は、これまでの取りつけの米屋に従来儲けさし・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・響き渡ったもので、二十里三十里をわざわざその滝へかかりに行くものもあり、また滝へ直接にかかれぬものは、寺の傍の民家に頼んでその水を汲んで湯を立ててもらって浴する者もあるが、不思議に長病が治ったり、特に医者に分らぬ正体の不明な病気などは治ると・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・一日置きに診察して貰えるので、時にはまるで「お抱え医者」を侍らしているゼイタクな気持を俺だちに起させることがある。然し勿論その「お抱え医者」なるものが、どんな医者であるかということになれば、それは全く別なことである。 夜、八時就寝、たっ・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・蜂谷という評判の好い田舎医者がそこを経営していた。おげんが娘や甥を連れてそこへ来たのは自分の養生のためとは言え、普通の患者が病室に泊まったようにも自分を思っていなかったというのは、一つはおげんの亡くなった旦那がまだ達者でさかりの頃に少年の蜂・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・三人はそのおかげで、国中で一ばんえらいお医者さまになり王さまから位と土地とをもらって、一生らくらくとくらしました。そしてたくさんの人の病気をなおしました。 鈴木三重吉 「湖水の女」
・・・ この子どもの左足はたいへん弱くって、うっかりすると曲がってしまいそうだから、ひどく使わぬようにしなければならぬと、お医者の言った事があるのでした。 わかいおかあさんはこの大事な重荷のために息を切って、森の中は暑いものだから、汗の玉・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
出典:青空文庫