・・・とその前の晩父が昨年の十一月郷里から持ってきた行李から羽織や袴を出してみて、私は笑いながら言ったりした。「そんなものではないですよ。これでけっこう間に合いますとも。その場に臨んでみると、ここで思ってるようなものじゃないですよ」と、義兄は・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・ 冬至に近づいてゆく十一月の脆い陽ざしは、しかし、彼が床を出て一時間とは経たない窓の外で、どの日もどの日も消えかかってゆくのであった。翳ってしまった低地には、彼の棲んでいる家の投影さえ没してしまっている。それを見ると堯の心には墨汁のよう・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
一 十一月某日、自分は朝から書斎にこもって書見をしていた。その書はウォーズウォルス詩集である、この詩集一冊は自分に取りて容易ならぬ関係があるので。これを手に入れたはすでに八年前のこと、忘れもせぬ九月二十一日の夜であった。ああ八年・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・然し運命は永くこの不幸な男女を弄そばず、自分が革包を隠した日より一月目、十一月二十五日の夜を以って大切と為てくれた。 この夜自分は学校の用で神田までゆき九時頃帰宅って見ると、妻が助を背負ったまま火鉢の前に坐って蒼い顔というよりか凄い顔を・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ しかるにその翌月、十一月十一日には果してまたもや大法難にあって日蓮は危うく一命を失うところであった。 天津ノ城主工藤吉隆の招請に応じて、おもむく途中を、地頭東条景信が多年の宿怨をはらそうと、自ら衆をひきいて、安房の小松原にむかえ撃・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ 黒竜江は、どこまでも海のような豊潤さと、悠々さをたたえて、遠く、ザバイガル州と呼倫湖から、シベリアと支那との、国境をうねうねとうねり二千里に渡って流れていた。 十一月の初めだった。氷塊が流れ初めた。河面一面にせり合い、押し合い氷塊・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・十五年十一月、文芸戦線同人となった。それ以来、文戦の一員として今日に到っている。短篇集に、「豚群」と「橇」がある。 黒島伝治 「自伝」
・・・――九月一日も、十月七日も、残念なことには「十一月七日」にもやられてしまった。 その日――十一月七日の朝「起床」のガラン/\が鳴ったせつな、監房という監房に足踏みと壁たゝきが湧き上がった。独房の四つの壁はムキ出しのコンクリートなので、そ・・・ 小林多喜二 「独房」
十一月の半ば過ぎると、もう北海道には雪が降る。乾いた、細かい、ギリギリと寒い雪だ。――チヤツプリンの「黄金狂時代」を見た人は、あのアラスカの大吹雪を思い出すことが出来る、あれとそのまゝが北海道の冬である。北海道へ「出稼」に来た人達は冬・・・ 小林多喜二 「北海道の「俊寛」」
神坂も今は秋の収穫でいそがしくもまた楽しい時と思います。 ことしの秋は、柳ちゃんを連れて神坂の土を踏みたいとは、かねてから楽しみにしていたことでしたが、いろいろの都合で十一月の初めごろに出かけることはちょっとむつかしく・・・ 島崎藤村 「再婚について」
出典:青空文庫