・・・磧に面した家々が、そこに午後の日蔭を作っていた。 護岸工事に使う小石が積んであった。それは秋日の下で一種の強い匂いをたてていた。荒神橋の方に遠心乾燥器が草原に転っていた。そのあたりで測量の巻尺が光っていた。 川水は荒神橋の下手で簾の・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・ この青年は、なぜかそのころ学校を休んで、何とはなしに日を送っていましたが、私には別に不思議にも見えませんでした。 午後三時ごろ、学校から帰ると、私の部屋に三人、友だちが集まっています、その一人は同室に机を並べている木村という無口な・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・ 翌日の午後、従弟から葉書が来た。県立中学に多分合格しているだろうが、若し駄目だったら、私立中学の入学試験を受けるために、成績が分るまで子供は帰らせずに、引きとめている。ということだった。「もう通らなんだら、私立を受けさしてまで中学・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・千八百六十五年の七月の十三日の午前五時半にツェルマットという処から出発して、名高いアルプスのマッターホルンを世界始まって以来最初に征服致しましょうと心ざし、その翌十四日の夜明前から骨を折って、そうして午後一時四十分に頂上へ着きましたのが、あ・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・そうだ、丁度あと三日という日の午後、夕立がやってきた。「干物! 干物!」 となりの家の中では、バタ/\と周章てゝるらしい。 しめた! 俺はニヤリとした。それは全く天裕だった。――今日は忘れるぞ。 雨戸がせわしく開いて、娘さん・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・ 私はもう一度、自分の手を裏返しにして、鏡でも見るようにつくづくと見た。「自分の手のひらはまだ紅い。」 と、ひとり思い直した。 午後のいい時を見て、私たちは茶の間の外にある縁側に集まった。そこには私の意匠した縁台が、縁側と同・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・二日の午後三時に政府は臨時震災救護事務局というものを組織し、さしあたり九百五十万円の救護資金を支出して、り災者へ食糧、飲料水をくばり、傷病者の手あて以下、交通、通信、衛生、防備、警備の手くばりをつけました。同日午後五時に、山本伯の内閣が出来・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・ そのうちに午後になりましたから、このかわいい奥さんは腕に手かごをかけて、子どもの手を引いて出かける用意をしました。奥さんはまだ一度もその村に行った事はありませんが、島の向こう側で日の落ちる方にあるという事は知っていました。またそこに行・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・ 斯様な事のある最中の或る午後、プラタプは、いつものように釣をしながら、笑ってスバーに云いました。「それじゃあ、ス、お父さん達は到頭お婿さんを見つけて、お前はお嫁に行くのだね、私のことも、まるきり忘れて仕舞わないようにしてお呉れ!」・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・しかし、午後の三時頃になると、疲れても来るし、ひとが恋しくもなるし、遊びたくなって、頃合いのところで仕事を切り上げ、家へ帰る。帰る途中で、おでんやなどに引かかって、深夜の帰宅になる事もある。 仕事部屋。 しかし、その部屋は、女のひと・・・ 太宰治 「朝」
出典:青空文庫