・・・上げ潮につれて灰色の帆を半ば張った伝馬船が一艘、二艘とまれに川を上って来るが、どの船もひっそりと静まって、舵を執る人の有無さえもわからない。自分はいつもこの静かな船の帆と、青く平らに流れる潮のにおいとに対して、なんということもなく、ホフマン・・・ 芥川竜之介 「大川の水」
・・・そして小屋の前に立ちはだかって、囀るように半ば夢中で仁右衛門夫婦を罵りつづけた。 仁右衛門は押黙ったまま囲炉裡の横座に坐って佐藤の妻の狂態を見つめていた。それは仁右衛門には意外の結果だった。彼れの気分は妙にかたづかないものだった。彼れは・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・朝毎の町のどさくさはあっても、工場の笛が鳴り、汽車ががたがた云って通り、人の叫声が鋭く聞えてはいても、なんとなく都会は半ば死しているように感じられる。 フレンチの向側の腰掛には、為事着を着た職工が二三人、寐惚けたような、鼠色の目をした、・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・この方が真ならば、床しさは半ば失せ去る。読む人々も、かくては筋骨逞しく、膝節手ふしもふしくれ立ちたる、がんまの娘を想像せずや。知らず、この方はあるいは画像などにて、南谿が目のあたり見て写しおける木像とは違えるならんか。その長刀持ちたるが姿な・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・その年もようやく暮れて、十二月半ばごろに突如として省作の縁談が起こった。隣村某家へ婿養子になることにほぼ定まったのである。省作はおはまの手引きによって、一日おとよさんと某所に会し今までの関係を解決した。 お互いに心の底を話して見れば、い・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・こう思うと、これもまた厭になって、僕は半ばからだを起した。そうすると、吉弥もまた僕の心眼を往来しなくなった。 暑くッてたまらないので、むやみにうちわを使っていると、どこからか、「寛恕して頂戴よ」という優しい声が聴える。しかしその声の・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・警句は天才の最も得意とする武器であって、オスカー・ワイルドもメーターランクも人気の半ばは警句の力である。蘇峰も漱石も芥川龍之介も頗る巧妙な警句の製造家である。が、緑雨のスッキリした骨と皮の身体つき、ギロリとした眼つき、絶間ない唇辺の薄笑い、・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・ 飴チョコの天使は、これからどうなるだろうかと、半ば頼りないような、半ば楽しみのような気持ちでいました。すると、まもなく、幾百となく、飴チョコのはいっている大きな箱は、その町の菓子屋へ運ばれていったのであります。 空が、曇っていたせ・・・ 小川未明 「飴チョコの天使」
・・・ それから、二三日経ってある朝、銭占屋は飯を食いかけた半ばにふと思いついたように、希しく朝酒を飲んで、二階へ帰るとまた布団を冠って寝てしまった。女房は銭占屋の使で町まで駿河半紙を買いに行ったし、私も話対手はなし、といってすることもないか・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・私はまだ三十代の半ばにも達していないが、それでも大阪を書くということには私なりの青春の回顧があった。しかし、私はいま回顧談をもとめられているわけではない。「かたはらに秋草の花語るらく ほろびしものはなつかしきかな」 ・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
出典:青空文庫