・・・前半身を三重四重に折り曲げ強直させて立ち上がった姿は、肩をそびやかし肱を張ったボクサーの身構えそっくりである。そうして絶えずその立ち上がった半身を左右にねじ曲げて敵のすきをねらう身ぶりまでが人間そのままである。これはもちろん人間のまねをして・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
木枯らしの夜おそく神保町を歩いていたら、版画と額縁を並べた露店の片すみに立てかけた一枚の彩色石版が目についた。青衣の西洋少女が合掌して上目に聖母像を見守る半身像である。これを見ると同時にある古いなつかしい記憶が一時に火をつ・・・ 寺田寅彦 「青衣童女像」
・・・書斎にはローマで買って来たという大理石の半身像が幾つもある。サラサン氏は一々その頭をなでその顔をさすって見せるのでした。その中に一つ頭の大きな少年の像があってたいへんにいい顔をしている。先生の一番目の嬢さんがまだ子供の時分この半身像にすっか・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・について云ったように、いくら一握りの青年が前進してもその半身である若い女性が遅れていたら、その互の不幸は深いと思います。 ところがまた女性の側からいうと、男の遅れているということが実際問題になっているのです。男の感情の習慣と生活の形の中・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・ ――バタはいいが、いかにも腹にこたえないね、尤もそれでいいんだが…… 焼クロパートカ半身一皿一ルーブル五十カペイキ也。 あっちこっちのテーブルで知らない者同士が他の土地の天候などきき合っていた。 夜、日本茶を入れてのむのに・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・このことの中に、階級の半身としてある婦人大衆の文化水準を高め、日に日に高まる闘争とともに独得な芸術作品を創造させて行くための努力が、プロレタリア文化活動本来の性質として既に予定されているのだ。 一九三二年の国際婦人デーの記念として、日本・・・ 宮本百合子 「国際無産婦人デーに際して」
・・・こう云いながら、お花は半身起き上がって、ぐずぐずしている。「早くおしよ。何をしているの。」「わたし脱いで寝た足袋を穿いているの。」「じれったいねえ。」お松は足踏をした。「もう穿けてよ。勘辨して頂戴、ね。」お花はしどけない風を・・・ 森鴎外 「心中」
・・・安次の半身は棺から俯伏に飛び出した。四つの足は跳ね合った。安次の死体は二人に蹴りつけられる度毎に、へし折れた両手を振って身を踊らせた。と、間もなく、二人は爆ぜた栗のように飛び上った。血が二人の鼻から流れて来た。「エーイくそッ。」「何・・・ 横光利一 「南北」
・・・梶は、敗戦の将たちの灯火を受けた胸の流れが、漣のような忙しい白さで着席していく姿と、自分の横の芝生にいま寝そべって、半身を捻じ曲げたまま灯の中をさし覗いている栖方を見比べ、大厦の崩れんとするとき、人皆この一木に頼るばかりであろうかと、あたり・・・ 横光利一 「微笑」
・・・『朝倉敏景十七箇条』は、「入道一箇半身にて不思議に国をとりしより以来、昼夜目をつながず工夫致し、ある時は諸方の名人をあつめ、そのかたるを耳にはさみ、今かくの如くに候」といっているごとく、彼の体験より出たものであるが、その中で最も目につくのは・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫