・・・さて、この暗黒の時に当り、毎月いちど、このご結構のサロンに集い、一人一題、世にも幸福の物語を囁き交わさむとの御趣旨、ちかごろ聞かぬ御卓見、私たのまれもせぬに御一同に代り、あらためて主催者側へお礼を申し、合せてこの会、以後休みなくひらかれます・・・ 太宰治 「喝采」
・・・と言われても、ああ慧眼と恐れいったりすることがないともかぎらぬような事態にたちいたるので、デカルト、べつだん卓見を述べたわけではないのである。人は弱さ、しゃれた言いかたをすれば、肩の木の葉の跡とおぼしき箇所に、射込んだふうの矢を真実と呼んで・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・そしてそれらの考えがほとんど天啓ででもあるように強く明らかに、無条件に真であって、しかもいずれもが新しい卓見ででもあるように彼には思われた。新聞の三面記事を読んでいる時でさえ時々電光のひらめくようにそのような考えが浮かんだりした。そんな時に・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・ボルツマンがこのような混乱系の内部の排置の公算をエントロピーと結びつけたのは非常な卓見で物理学史上の大偉業であった。プランクはさらにこれを無限な光束の集団に拡張して有名な輻射の方則を得たのは第二の進歩であった。すなわち系の複雑さが完全に複雑・・・ 寺田寅彦 「時の観念とエントロピーならびにプロバビリティ」
・・・ 雲の生成に凝縮心核を考えているのは卓見である。そして天外より飛来する粒子の考えなどは、現在の宇宙微塵や太陽からの放射粒子線を連想させる。 次に地震の問題に移って、地殻内部構造に論及するのは今も同じである。ただ彼は地下に空洞の存在を・・・ 寺田寅彦 「ルクレチウスと科学」
・・・彼が『古今』、『新古今』を学ばずして『万葉』を学びたる卓見はわが第一に賞揚せんとするところなり。彼が『万葉』を学んで比較的善くこれを模し得たる伎倆はわが第二に賞揚せんとするところなり。そもそも歌の腐敗は『古今集』に始まり足利時代に至ってその・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・ずいぶんなご卓見です。しかしあなたは紫紺のことはよくごぞんじでしょうな。」 みんなはしいんとなりました。これが今夜の眼目だったのです。山男はお酒をかぶりと呑んで云いました。「しこん、しこんと。はてな聞いたようなことだがどうもよくわか・・・ 宮沢賢治 「紫紺染について」
・・・読売新聞の時評はいち早くこの卓見に同調して、労働者に家族手当を出すので子供を生む。家族手当をやめよ、賃銀を労働者一人の能率払いにせよ、と書いている。『中央公論』は、仄聞するところによると十万の出版部数をもっているそうだ。『中央公論』をよ・・・ 宮本百合子 「鬼畜の言葉」
・・・を凌ぐリアリスト芸術家とされていることは、一連の人々にとって、さながら彼等自身が、今日このように自明な歴史的段階を否定し無視し、文学から階級性を追放しようと欲する心持までを、エンゲルスの卓見によって庇護され得るかのような幻想を抱かせたのであ・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
出典:青空文庫