・・・昔風に南側が二間の高窓になっていた、そのかまちの上に急須と茶わんをのせて、七輪の方へ来てやかんをとり、自分ののむ茶をいれた。茶をいれる間も、下島のおじさんは片手を黒木綿の羽織のなかへ懐手したままだった。 高窓のところによりかかって、溢れ・・・ 宮本百合子 「道灌山」
・・・雨戸はことにそれがはげしく北の雨戸は随分あつくかたまって、戸袋に入れるのに女中は雪を箒ではらい落したほどだけれ共、南側のはほんの少しほかついて居ない。 長く此処に居る祖母は、「こんな事に驚いて居るなら三尺も雪が積る時はどうする」と笑った・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・東は竹垣でそちらからの日光はよくさすが南側はいきなり前の家の羽目になっているから、狭い空地の半分以上はその蔭に入ってしまう都合になる。従妹がパンジーをいじっている座敷の縁側から畳三尺ほど春日はうららかに照っているが、庭の南側の端れには、八つ・・・ 宮本百合子 「昔を今に」
・・・家の南側のまばらな生垣のうちが、土をたたき固めた広場になっていて、その上に一面に蓆が敷いてある。蓆には刈り取った粟の穂が干してある。その真ん中に、襤褸を着た女がすわって、手に長い竿を持って、雀の来て啄むのを逐っている。女は何やら歌のような調・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・ 借家は町の南側になっている。生垣で囲んだ、相応な屋敷である。庭には石灰屑を敷かないので、綺麗な砂が降るだけの雨を皆吸い込んで、濡れたとも見えずにいる。真中に大きな百日紅の木がある。垣の方に寄って夾竹桃が五六本立っている。 車から降・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・そこは十四畳ばかりの座敷で、南側は古風に刈り込んだ松の木があったり、雪見燈籠があったり、泉水があったりする庭を見晴している。この座敷にもう二十人以上の客が詰め掛けている。やはり船宿や舟の中と同じ様に、余り話ははずんでいない。どの顔を見ても、・・・ 森鴎外 「百物語」
出典:青空文庫