・・・そこで今度は二人してまた東西南北を馳け廻った揚句の果やはりチェイン・ローが善いという事になった。両人がここに引き越したのは千八百三十四年の六月十日で、引越の途中に下女の持っていたカナリヤが籠の中で囀ったという事まで知れている。夫人がこの家を・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・ 道楽と職業、一方に道楽という字を置いて、一方に職業という字を置いたのは、ちょうど東と西というようなもので、南北あるいは水火、つまり道楽と職業が相闘うところを話そうと、こういう訳である。すなわち道楽と職業というものは、どういうように関係・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・いくら巡査が左へ左へと、月給を時間割にしたほどな声を出して、制しても、東西南北へ行く人をことごとく一直線に、同方向に、同速力に向ける事はできません。広い世界を、広い世界に住む人間が、随意の歩調で、勝手な方角へあるいているとすれば、御互に行き・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・その瞬間、磁石の針がくるりと廻って、東西南北の空間地位が、すっかり逆に変ってしまった。同時に、すべての宇宙が変化し、現象する町の情趣が、全く別の物になってしまった。つまり前に見た不思議の町は、磁石を反対に裏返した、宇宙の逆空間に実在したので・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・一九四九年から、南北統一のために努力しつづけていた朝鮮の人々の間に、どうして戦争がひきおこされたのだったろう。こんにち、朝鮮についてわたしたちは客観的に信じるに足りるだけの真実を開かれていない。 やがて歴史が新しい頁を開くとき朝鮮で演じ・・・ 宮本百合子 「世界は求めている、平和を!」
・・・ ○時計で南北を知るには、直射光線にうつる短針のかげをかさね、十二時とそれとの中央を南とし、正反対を北。 ○列車の速力は、二十二秒半にこすレールのつぎめの数が時数。 ドイツに Wanderlied の多いこと Faust でさえ・・・ 宮本百合子 「一九二三年夏」
・・・ 村の南北に通じた里道に沿うて、子供沢山で居て貧しい小作男の夫婦が居るあばら屋がある。 町に地主を持って居て、その畑に働いて居るのだけれ共、段々に人数はますし、ゆとりのあるほど沢山とれる年がないので、夫婦は日の出る・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・一里ばかり離れた郡山の町から一直線の新道がつくられて、そのポクポク道をやって来たものはおのずから村を南北に貫通している大通りへぶつかり、その道を真っ直ぐ突切ると爪先上りの道は同じ幅で松の植込みのある、いくらか昔話の龍宮に似た三層楼の村役場の・・・ 宮本百合子 「村の三代」
・・・彼らの話に拠ると、二人の家は村の南北に建っていて、二人の母は姉妹で、勘次の母は姉であるにも拘らず、秋三の家から勘次の父の家へ嫁いだものであった。けれども此の南北二家は親戚関係の成り立った当夜から、既に絶縁同様になっていた。と云うのは、秋三の・・・ 横光利一 「南北」
・・・しかし彼らが社会の裏に住む無恥な女を描き、性慾の衝動に動く浮薄な男を描き、あるいは山国海辺、あるいは大都会小都会の風物情緒を描く時には、それがあらゆる階級の男女や東西南北の諸地方を材料とするにかかわらず、またそれぞれの境遇や土地をおのおのそ・・・ 和辻哲郎 「「自然」を深めよ」
出典:青空文庫