・・・ 北方派の画家等にして、南欧の明るい風光に、一たび浴さんとしないものはない。彼等は、仏蘭西に行き、伊太利に行くを常とした。しかし、そこはまた、彼等にとって、永住の地でなかったのである。伊太利の空を描いても、知らず北欧の空の色が、描き出さ・・・ 小川未明 「彼等流浪す」
・・・これに反してエトナ、ヴェスヴィオ、ストロンボリ以下多数の火山を有する南欧イタリアの国土には当然にふさわしいシーザーが現われファシズムが生れた。今眼前にこの岩手山の実に立派な姿を眺め、その麓に展開する山川の実に美しい多様な変化を味わっていると・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・その――土地の人の目にはさだめて異様であったろうと思うわれわれ一組の観客の前を、美しくよごれた南欧の町の光景がただあわただしく走り過ぎて行った。 停車場へ着いてポンペイ行きに乗る。客車の横腹に Fumatori と大きく書いてあるのを、・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
九州の武雄温泉で迎えた明治三十年の正月と南欧のナポリで遭った明治四十三年の正月とこの二つの旅中の正月の記憶がどういう訳か私の頭の中で不思議な聯想の糸につながれて仕舞い込まれている。一方を思い出すと必ず他方がくっついて一緒に・・・ 寺田寅彦 「二つの正月」
・・・直ぐその下を私が通りがかりつつある一八〇〇年代の建造らしい南欧風洋館の廃れた大露台の欄干では、今、一匹の印度猿が緋のチョッキを着、四本の肢で一つ翻筋斗うった。 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・ 番頭が、ホールの隣の戸を開けた。 南欧風に、中庭を囲んでぐるりと奥ゆきある柱廊づきの二階が建廻されている。やはり緑色ペンキ塗の大きい部屋の鎧戸は閉り、中庭に咲き盛っている躑躅の強烈な赤い反射が何処となくちらついているようだ。私は、・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
出典:青空文庫