・・・ こうして平壌は占領され、原田重吉は金鵄勲章をもらったのである。下 戦争がすんでから、重吉は故郷に帰った。だが軍隊生活の土産として、酒と女の味を知った彼は、田舎の味気ない土いじりに、もはや満足することが出来なかった。次第・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・邪魔だよ、何時までも一人で、其処を占領しているのは。御覧、皆さんが彼様に立って居らッしゃるじゃないか。』 其女の方の後には、幾個かの人の垣を為た様に取巻いて、何人も呆れてお居での様でした。『彼の女は僕の云う様な事を云っている。』・・・ 広津柳浪 「昇降場」
・・・地獄では我々が古参だから頭下げて来るなら地獄の案内教えてやらないものでもないが、生意気に広い墓地を占領して、死んで後までも華族風を吹かすのは気にくわないヨ。元来墓地には制限を置かねばならぬというのが我輩の持論だが、今日のように人口が繁殖して・・・ 正岡子規 「墓」
・・・残った二、三羽の小鳥は一番いのチャボにかえられて、真白なチャボは黄なカナリヤにかわって、彼の籠を占領して居る。しかるに残酷なる病の神は、それさえも憎むと見えて、朝々一番鶏二番鶏とうたい出す彼の声は、夜もねられずに病牀に煩悶して居る予の頭をい・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・それはまるで赤や緑や青や様々の火がはげしく戦争をして、地雷火をかけたり、のろしを上げたり、またいなずまがひらめいたり、光の血が流れたり、そうかと思うと水色の焔が玉の全体をパッと占領して、今度はひなげしの花や、黄色のチュウリップ、薔薇やほたる・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・ ところが、さまざまの委員会が、民主化のための委員会として組織された当時、吉田茂は、占領政策に対して危惧をいだいていた。その後、日本の民主化にいろいろの変調が加えられて、たとえば用紙割当委員会の権限が、ずるずると内閣に属す委員会に移され・・・ 宮本百合子 「「委員会」のうつりかわり」
・・・けれ共自分は男だと思うと女、たかが十七の女に自分の心を占領されて居ると云う事をさとられるのはあんまりだと思ってともすれば向く足をたちなおしたちなおしあべこべの道を行った。お龍とすれ違う男と云う男は皆引きつけられる様に行きすぎたあともあたりを・・・ 宮本百合子 「お女郎蜘蛛」
・・・ 私は二階に上がって、隅の方にあった、主のない座布団を占領した。戸は悉く明け放ってある。国技館の電燈がまばゆいように半空に赫いている。 座敷を見渡すに、同郷人とは云いながら、見識った顔は少い。貴族的な風采の旧藩主の家令と、大男の畑少・・・ 森鴎外 「余興」
・・・従って私の意識を占領する度数が非常に多い。彼の特質がこの刺激性にないとは言い切れまい。 彼の現在は未知数である。彼が私の注意を引くのは価値が高いゆえでなくて価値がいまだ現われないからである。彼は確実性の代わりに不安定をもって、力の代わり・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・そのあとには占領下の変転のはなはだしい時期がつづく。その一年あまりの間、都会育ちの先生が、立ち居も不自由なほどの神経痛になやみながら、生まれて初めての山村の生活の日々を、「ちょうど目がさめると起きるような気持ちで」送られた。その記録がここに・・・ 和辻哲郎 「歌集『涌井』を読む」
出典:青空文庫