・・・おそらくあの作の持っている罪業的な暗い感じに、彼はある親味と共鳴とを感じたのでもあろうが、それがひどく欠陥のある稚拙な彼の文章から、自分にそうした曖昧な印象を与えたものであろうと思われたが、それにしても「迂濶に物は書けない……」自分は一種の・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・それが植物という概念と結びついて、畸形な、変に不気味な印象を強めていた。鬚根がぼろぼろした土をつけて下がっている、壊えた赤土のなかから大きな霜柱が光っていた。 ××というのは、思い出せなかったが、覇気に富んだ開墾家で知られているある宗門・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・そして見ると、善にせよ悪にせよ人の精神凝って雑念の無い時は、外物の印象を受ける力もまた強い者と見える。 材木の間から革包を取出し、難なく座敷に持運んで見ると、他の二束も同じく百円束、都合三百円の金高が入っていたのである。書類は請取の類。・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・の通信ということに制約されたにもよるのだろうが、戦闘ばかりでなく、戦闘から戦闘への間の無為にすごすその間のこと、陸上との関係、占領した旅順や大連の風物、偵察等を書きながら、しかも、単純で、喰い足りない印象を受ける。士官の立場から物を見て書い・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・ために、あるいは恋愛のために、あるいは意気のために、とにかく、自己の生命より重いと信ずるあるもののために、力のかぎり働いて、倒れてのちやまんとすることは、まず死に所を得たもので、その社会・人心に影響・印象するところも、けっしてあさからぬので・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・それは別に奇妙な草でも何んでもなかったが――自分でも分らずに、それだけを見ていたことが、今でも妙に印象に残っている。理窟がなく、こんなことがよくあるものかも知れない。 俺は今朝Nが警察の出がけに持ってきてくれたトマトとマンジュウの包みを・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・旅の印象は疲れた頭に残って、容易に私から離れなかった。私の目には明るい静かな部屋がある。新しい障子のそばには火鉢が置いてある。客が来てそこで話し込んでいる。村の校長さんという人も見えていて「太郎さんの百姓姿をまだ御覧になりませんか、なかなか・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・とにかく、芝居に出て来る人物の印象を与えるような服装だったら、少年はそれで満足なのでした。初夏のころで、少年は素足に麻裏草履をはきました。そこまでは、よかったのですが、ふと少年は妙なことを考えました。それは股引に就いてでありました。紺の木綿・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・ただ一つの逸話として伝えられているのは、彼が五歳の時に、父から一つの羅針盤を見せられた事がある、その時に、何ら直接に接触するもののない磁針が、見えざる力の作用で動くのを見て非常に強い印象を受けたという事である。その時の印象が彼の後年の仕事に・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・私は何かにつけてケアレスな青年であったから、そのころのことは主要な印象のほかは、すべて煙のごとく忘れてしまったけれど、その小さい航海のことは唯今のことのように思われていた。その時分私は放縦な浪費ずきなやくざもののように、義姉に思われていた。・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
出典:青空文庫