・・・ この願いとその実現のための努力とは、それからのち、三十年に亙る様々の変転、種々の困難と危機とを通じて今日までつづけられている。その間に、日本の社会は幾変転し、大衆の歴史は前進した。その歴史の歩みが、「貧しき人々の群」の作者をも成長させ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第一巻)」
・・・これらの人々の顔ぶれの世俗的に賑やかな体面上からも、日本の文学が瀕している危機にたいして黙っていられないはずであろうと思えた。こちらからの話があれば、文芸家協会の議題にのぼることなのだろうか。 光線のたりないその事務室で、正直な某氏は、・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
・・・アルバイトをとおして、学生の小市民性は危機にさらされてもいる。ここにこそ具体的な自我と自意識の発展と崩壊のテストがある。もし、そんな年より相手に議論しても大人気ないと判断したのなら、それだけの価値しかもっていない対手と話すらしいあたりまえの・・・ 宮本百合子 「生きつつある自意識」
・・・ましてや、一九二九年来の恐慌が一層深刻化し、資本主義の局部的安定さえ今は破れ、資本主義国家と資本主義国家との衝突の危機が切迫している現段階のプロレタリアートのピオニイルという最も革命的組織的なものにふれつつ、それを最も非組織的に非現実的に描・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・ 目下の日本で、最も切迫した公の問題は、食糧危機をどう突破するかということですが、代議士たちの大多数は、これに対してどういう態度をとっているでしょうか。つい先頃の総選挙のとき、三合配給などを公約した候補者について、選挙が終ってからす・・・ 宮本百合子 「公のことと私のこと」
・・・世界市場の争奪のため、危機にあった欧州の空気はその硝煙の匂いと一緒に、急速に動揺しはじめた。キュリー夫人は土用真盛りの、がらんとしたアパートの部屋でブルターニュの娘たちへ手紙を書いた。「愛するイレーヌ。愛するエーヴ。事態がますます悪化し・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・にもかかわらず、現内閣は、よたつきながら、今倒れるか、今倒れるかと思われながら、とうとうモラトリアム公表という重大な危機さえ突破して、どういう工合に作成されたものか、一昨日には憲法改正草案を発表するところまでもち越して来ている。 私たち・・・ 宮本百合子 「現実の必要」
・・・を観にきていた幾組かの恋人たちの、今日の悩みと求めている解決とは、親の反対に駈け落ちしたにしても、その先の先までつけまわす食糧危機を、二人のきまった月給のうちでどう打開するか。なにより先に落付く住居はどうして見いだせるか。さらに、百万人の失・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・これ偶像破壊者の危機に対する最第一の警告である。 予は自ら知れる限りにおいて生まれながらの反逆者であった。小学の児童としては楠正成を非難する心を持ち、中学の少年としては教育者の僭越と無精神とを呪った。教育者の権威に煩わされなくなった時代・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
・・・恐らくそれは、人生の最も大きい危機の一つであるだけに、また人生の最も貴い時期の一つでしょう。その貴さは溌剌たる感受性の新鮮さの内にあります。その包容力の漠然たる広さの内にあります。またその弾性のこだわりのないしなやかさの内にあります。それは・・・ 和辻哲郎 「すべての芽を培え」
出典:青空文庫