・・・ 自分は中学の時使った粗末な検索表と首っ引で、その時分家の近くの原っぱや雑木林へ卯の花を捜しに行っていた。白い花の傍へ行っては検索表と照し合せて見る。箱根うつぎ、梅花うつぎ――似たようなものはあってもなかなか本物には打つからなかった。そ・・・ 梶井基次郎 「路上」
・・・ 僕たちはあの空地へ出た。原っぱの霜は清浄であった。月あかりのために、石ころや、笹の葉や、棒杙や、掃き溜めまで白く光っていた。「友だちもないようですね。」「ええ。みんなに悪いことをしていますから、もうつきあえないのだそうです。」・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・庭の向こうの原っぱで、おねえちゃん! と、半分泣きかけて呼ぶ他所の子供の声に、はっと胸を突かれた。私を呼んでいるのではないけれども、いまのあの子に泣きながら慕われているその「おねえちゃん」を羨しく思うのだ。私にだって、あんなに慕って甘えてく・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・こんな趣きの無い原っぱに、日本全国から、ぞろぞろ人が押し寄せ、汗だくで押し合いへし合い、一寸の土地を争って一喜一憂し、互に嫉視、反目して、雌は雄を呼び、雄は、ただ半狂乱で歩きまわる。頗る唐突に、何の前後の関聯も無く「埋木」という小説の中の哀・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・ゆうべ、お台所に坐って、ねぎを切っていたら、うらの原っぱで、ねえちゃん! と泣きかけて呼ぶ子供の声があわれに聞えて来ましたが、私は、ふっと手を休めて考えました。私にも、あんなに慕って泣いて呼びかけて呉れる弟か妹があったならば、こんな侘しい身・・・ 太宰治 「燈籠」
・・・おおぜいの子供が原っぱに小さなきのこの群れのように並んで体操をやっている。赤ん坊でもちょうど蛙か何かのように足をつかまえてぶらさげてぴょんぴょんとはねさせるのである。こういうふうに人間の個性をなくしているところは全く軍隊式である。年じゅうこ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・「絵をおかきになるなら、向こうの原っぱへおいでになるといい所がありますよ」と教えられたままにそのほうへ行ってみる。近ごろの新しい画学生の間に重宝がられるセザンヌ式の切り通し道の赤土の崖もあれば、そのさきにはまた旧派向きの牛飼い小屋もあっ・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・子供らは質問するというが、七百万人の失業者のあふれたアメリカの子供、牛乳業トラストが市価つり上げのため原っぱへカンをつんで行って何千リットルという牛乳をぶちまけ、泥に吸わせ、そのために自分たちの口には牛乳が入らないでウロついているアメリカ勤・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・ もとその一画は某という株屋がもっていた林や原っぱであった。 子供の自分、××さんの原っぱの奥で、運動会があるというので見に行った覚えがある。日向の芝生に赤い小旗がヒラヒラしていた。あそこへ××さんの唖の息子も来ている。そう云って集・・・ 宮本百合子 「犬三態」
・・・春の風にふらふらやって来て、おまけに近所の原っぱへ私を散歩につれ出そうとしたのですって。それどころでなく、夜はお魚のスープをこしらえて御飯をスーさん、栄さんとりまぜ四人でたべ、丁度送って来た『文学評論』などよみ、いろいろ話し、十二時頃になっ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫