・・・ たとえ、今日洋装の書物が、耐久性からいっても、趣味の上からしても殆んど永久の蔵書に値しないかもしれぬが、なほ優に二三十年間は、原型をとゞむるでありましょう。 かりに、私が、愛書家であり、蔵書家であっても、それで満足がされます。・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・の愛の原動力である。これがなかったら、私たちは母親というものをこれほどなつかしく思うことはできないだろう。私は動物園で子どもを抱いている母猿を見るごとに感動せぬことはない。これは実に「聖母マリア」の原型だ。聖母の中の聖母、ファン・エックの聖・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・うものであるから、中村の細君が一も二も無く若崎の細君の云う通りになってくれたのでもあろうが、一つには平常同じような身分の出というところからごくごく両家が心安くし合い、また一つには若崎が多くは常に中村の原型によってこれを鋳ることをする芸術上の・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ 大概の芸術は人類の黎明時代にその原型をもっている。文学は文字の発明以前から語りものとして伝わり、絵画彫刻は洞壁や発掘物の表面に跡をとどめている。音楽舞踊はいかなる野蛮民族の間にも現存する。建築や演劇でも、いずれもかなりな灰色の昔にまで・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・ ついでながら、人間のする大概の所業は動物界にもその原型を見出すことが出来るが、ただ「煙」をこしらえてそれを吸うという芸当だけは全く人間だけに限るようである。それでこの最も人間的な人間固有の享楽と慰安に資料を供給する専売局の仕事はこ・・・ 寺田寅彦 「ゴルフ随行記」
・・・蝋管記録の寿命はせいぜい千回ぐらいであるのに平円盤の原型の寿命はほとんど永久であると言ってもよい。それでたとえば現在のある国語の発音を記録しておいて百年千年万年の後のものと比較してその変遷を調べる事もできるので、実際そういう目的で保存されて・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・のはあるが、ピタゴラスという哲学者は実は架空の人物だとの説もあるそうで、いよいよ心細くなる次第であるが、しかしこのピタゴラスと豆の話は、現在のわれわれの周囲にも日常頻繁に起りつつある人間の悲劇や喜劇の原型であり雛形であるとも考えられなくはな・・・ 寺田寅彦 「ピタゴラスと豆」
・・・しからばその価値は何によって規定さるるかと云えば、それは作者の能知が前に云った普遍絶対の原型に近似する程度にあると云われる。換言すればその詩を味わう読者各自の能知に内在する、その原型の模型にどれだけ照応するかの程度によって各評価者の価値判断・・・ 寺田寅彦 「文学の中の科学的要素」
・・・あの白書のなかにかかれている文句を、数字に直し、それを原型として一枚の生活図をひいたらば、それは果して人間生活という肉体に合うようなものだろうか。 日本のあらゆる女性が手にもって暮して来た物指やテープをハトロン紙の上に走らせるばかりでな・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・ 芸術鑑賞に即して主観的と云われる場合は、それが好きだから好き、というのが原型である。客観的と云うとき、自分の好ききらいを、自分の心から黙殺してかかるのではなくて、好ききらいははっきり掴んでいる上に自分のこの好きさ、このきらいさ、それは・・・ 宮本百合子 「女の歴史」
出典:青空文庫