・・・念を入れた化粧をし、メリンス友禅の羽織を着、物を云うとき心持頭を左に曲げながら、何故か苦しそうに匂やかな二つの眉をひそめて声を出すのであった。 少し荒れた赤い小さな唇を見「さようでございますの」と云う含声をきいた時、さほ子は此娘をお前と・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・ あてどもなく二人は歩き廻って夜が更けてから家に帰った、ポーッとあったかい部屋に入るとすぐ女はスルスルと着物をぬいで白縮緬に女郎ぐもが一っぱいに手をひろげて居る長襦袢一枚になって赤味の勝った友禅の座布団の上になげ座りに座った。浅黄の衿は・・・ 宮本百合子 「お女郎蜘蛛」
・・・ 元禄踊りの絵屏風をさかしまに悲しく立て廻した中にしなよく友禅縮緬がふんわりと妹の身を被うて居る。「常日頃から着たい着たいってねえ云って居た友禅なのよ華ちゃん、今着て居るのが――分って? いらえもなく初秋の夜の最中に糸蝋・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・着るものなどそうはゆかず、私が言葉に出してとがめ、赤い顔をさせなければ、うまく胡魔化したつもりで横着をきめるのかと思うと、友禅メリンスの中幅帯をちんまりお太鼓にして居る小娘の心が悲しく厭わしくなった。 食卓を離れ、椽側の籐椅子に腰かけ、・・・ 宮本百合子 「木蔭の椽」
・・・紫矢がすり 赤い友禅のドテラ引かぶって櫛のハの通っていない髪 青い半ぐつした。室中に何とも云えず重い懶い雰囲気がこめている。その同じ娘が 人中では顔も小ぢんまり 気どる。スースーとモダン風な大股の歩きつきで。それに対する反感・・・ 宮本百合子 「情景(秋)」
・・・大きなリボンを蝶々の様にかけて大形の友禅の着物に帯は赤か紫ときまって居た。どんな□(時でも足袋は祖母の云いつけではかせられ新らしい雪駄に赤い緒のすがったのをはいて居た。そんな華な私の好きらしい暮し方をして居る内に一人の私より一つ年上の舞子と・・・ 宮本百合子 「ひな勇はん」
・・・はれやかな舞子の友禅の袂の下にはあんな力づよいものもよせて来られないと見えて気は段々かるく力が出て来た。哀れなみなし子がその救主を見上げる様なオロオロしたはずかしそうな目つきをして、若々しいまるい顔にこぼれる様なほほ笑みをうかべてウットリと・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・写真であるから色はもとより分らないが、感じで赤いちりめんと思われる衿をきちんとかさねた友禅の日本服の胸へ、頸飾のようなものがかかっていた。おさげに結ばれている白い大きいリボンとその和服の襟元を飾っている西洋風の頸飾とは、茉莉という名前の字が・・・ 宮本百合子 「歴史の落穂」
・・・中には友禅の赤い袖がちら附いて、「一しょに乗りたいわよ、こっちへお出よ」と友を誘うお酌の甲走った声がする。しかし客は大抵男ばかりで、女は余り交っていないらしい。皆乗り込んでしまうまで、僕は主人の飾磨屋がどこにいるか知らずにしまった。又蔀君に・・・ 森鴎外 「百物語」
出典:青空文庫