・・・婆さんも余から何か聞くのが怖しく、余は婆さんから何か聞くのが怖しいので御互にどうかしたかと問い掛けながら、その返答は両方とも云わずに双方とも暫時睨み合っている。「水が――水が垂れます」これは婆さんの注意である。なるほど充分に雨を含んだ外・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・裏に表に手を尽して吟味に吟味を重ね、双方共に是れならばと決断していよ/\結婚したる上は、家の貧乏などを離縁の口実にす可らざるは、独り女の道のみならず、亦男子の道として守る可き所のものなり。近年の男子中には往々此道を知らず、幼年の時より他人の・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・これをたとえば、飢たる時に物を喰うは同説なれども、一方は早く喰わんといい、一方は徐々に喰わんというが如し。双方ともに理あり。食物の品柄次第にて、にわかにこれを喰いて腹を痛むることあり、養生法においてもっとも戒むるところなれば用心せざるべから・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・輩の祈るところにして、これを要するに、学問をもって政事の針路に干渉せず、政事をもって学問の方向を妨げず、政事と学権と両立して、両ながら、その処を得せしめなば、政を施すにも易く、学を勉むるにも易くして、双方の便利、これより大なるものなかるべし・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・ СССРで集団農業に移ろうとした時、農民及政府双方で一番困難したのは家畜の問題だった。穀類集団農業から集団牧畜へ。これは常に積極的刺戟を加えられている点である。この新聞で見ると牛乳協定は非常に農民の利益を計って改正されている。去年の牛・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・新聞の記事だけでは、双方の事実が十分に明らかにされてはいなかったでしょうと思いますが、ああいう事柄について、皆さんはどうお感じになったでしょう。私は、その感想を知りたく思います。まるで自分には関係のないことと見て過たでしょうか。それとも、自・・・ 宮本百合子 「美しく豊な生活へ」
・・・ 秀麿と父との対話が、ヨオロッパから帰って、もう一年にもなるのに、とかく対陣している両軍が、双方から斥候を出して、その斥候が敵の影を認める度に、遠方から射撃して還るように、はかばかしい衝突もせぬ代りに、平和に打ち明けることもなくているの・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・その地方の細かい双方の話題が暫く高田と梶とを捨てて賑やかになっていくうちに、とうとう栖方は自分のことを、田舎言葉まる出しで、「おれのう。」と梶の妻に云い出したりした。「もうすぐ空襲が始るそうですが、恐いですわね。」と梶の妻が云うと、「一・・・ 横光利一 「微笑」
・・・ もとより右の傾向には、双方ともに例外がある。しかし大体の観察としては誤らないと思う。洋画家が日本画家のような大きな画題を捕えないのは、一つには目前に在るものの美しさに徹するということが、十分彼らの心情を充たすに足る大事業であるためであ・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・『彼岸過迄』においては愛を双方で認めながら心も体も近づく事のできない宿命的な悲劇が描かれている。さらに『行人』は夫婦の間でどうしても心を触れ合わせることのできない愛の悲劇を描いている。愛はついに絶望である。 この問題についても『道草・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫